『ラヂオの時間』(1997)
映画考察・解説・レビュー
『ラヂオの時間』(1997年)は、脚本家・三谷幸喜が初めてメガホンを取った映画監督デビュー作であり、日本アカデミー賞を総なめにしたシチュエーション・コメディ。生放送中のラジオドラマを舞台に、出演者のワガママやスポンサーの圧力によって、脚本が次々と改変されていく様を描く。それは「妥協」が生んだ悪夢のようなドタバタ劇でありながら、ものづくりの現場で戦うすべての人間に捧げられた、最高に熱い職人たちの賛歌でもある。
演劇、テレビ、そして映画へ──三谷幸喜の挑戦
90年代中盤、三谷幸喜はすでに時代の寵児だった。
主宰する劇団「東京サンシャインボーイズ」はチケット入手困難なプラチナ・チケットと化し、テレビドラマの世界では『振り返れば奴がいる』(1993年)、『古畑任三郎』(1994年)、『王様のレストラン』(1995年)と立て続けに傑作を連発。人気脚本家として揺るがない地位を築いていた。
僕もこの頃、三谷幸喜作品に夢中。中でも、伊東四朗と佐藤B作が出演した舞台『アパッチ砦の攻防』(1996年)は、シチュエーション・コメディの最高傑作だと今でも確信している。
見栄っ張りな男がついた些細な嘘が、周囲を巻き込んで雪だるま式に膨れ上がり、にっちもさっちもいかなくなる展開。あの胃が痛くなるようなスリルと、爆発的な笑い。緻密な構成力にすっかり魅了されてしまった。
当時の彼には、フラストレーションがあったと言われている。台詞のニュアンスや、笑いにとって命とも言える間が、他人の演出によって微妙に変質してしまうことへのジレンマだ。
自分の書いた笑いを、100%の純度で、意図した通りの“間”で観客に届けたい。その渇望が、彼を映画監督という未知の領域へと突き動かした。
デビュー作として選ばれたのは、サンシャインボーイズで上演した同名舞台の映画化。 勝手知ったる自作の戯曲を、西村雅彦ら信頼する劇団の俳優たちを核に据え、そこに唐沢寿明や鈴木京香といったスターを配置して撮る。
これは、ヒットメーカー三谷幸喜が、一切の言い訳を排し、退路を断って挑んだ一世一代の勝負作だったのである。
妥協のドミノ倒し
『ラヂオの時間』(1997年)の舞台は、ラジオ局のスタジオ。平凡な主婦・鈴木みやこ(鈴木京香)が書いた脚本『運命の女』が、ラジオドラマとして生放送されることになる。
本来なら、熱海のパチンコ店を舞台にした、しっとりとした人情メロドラマになるはずだった。しかし、リハーサル直前、かつての大女優・千本のっこ(戸田恵子)が不機嫌そうに言い放つ。「私、律子なんて地味な名前、嫌よ。メアリー・ジェーンにして」。
このたった一言の、あまりにも理不尽なワガママが、悲劇(という名の喜劇)の引き金を引く。プロデューサーの牛島(西村雅彦)は、女優の機嫌を損ねないことだけを優先し、安易に承諾する。
だが、主人公が外国人になれば、舞台が熱海ではおかしい。「じゃあニューヨークにしよう」。パチンコ店員は弁護士になり、相手役の寅造はマイケルになり、寅造を演じるはずだったベテラン俳優(細川俊之)は激怒する。
生放送が開始されてからも、変更は止まらない。スポンサーの意向、出演者の見栄、局の上層部の無茶振り。辻褄を合わせるために、現場はその場しのぎの嘘を重ねていく。
三谷幸喜の脚本の凄さは、この妥協の連鎖の描き方にある。一つ一つの変更は、誰かの顔を立てるための「小さな親切」や「事なかれ主義」だ。しかし、それが積み重なると、物語は原形をとどめないフランケンシュタインのような怪物へと変貌する。
これは、日本の組織社会における、稟議や忖度の痛烈な風刺そのもの。胃薬を飲みながら右往左往する牛島の姿は滑稽だが、社会で働く我々にとっては、笑いながらも冷や汗が出るほどリアルな地獄絵図なのだ。
三谷幸喜は、劇団時代に培った「限定された空間での会話劇」のメソッドを映画に持ち込み、カメラワークやカット割りに頼らずとも、俳優のアンサンブルだけでサスペンスを持続できることを証明してみせた。
三谷映画の頂点と、その後のパラドックス
三谷幸喜にとって、ラジオブースという逃げ場のない「密室」は、その才能を解き放つための最高のステージだった。
限定された空間、リアルタイムで進行する時間、そして一癖も二癖もある役者たちのアンサンブル。カメラがスタジオの外に出ないからこそ、脚本の密度は極限まで高まり、観客は役者たちの汗や呼吸まで感じ取ることができた。本作が傑作たり得たのは、映画的な広がりを捨て、演劇的な不自由さを武器にしたからに他ならない。
しかし皮肉なことに、三谷幸喜の映画監督としてのキャリアは、ここを頂点として変質していく。『THE 有頂天ホテル』(2006年)や『ザ・マジックアワー』(2008年)、さらには『ギャラクシー街道』(2015年)へと作品を重ねるごとに、予算は増え、セットは巨大化し、空間はどこまでも広がっていく。
だが、物理的な空間が広がるのと反比例するように、かつて『ラヂオの時間』にあった、あの窒息しそうなほどの脚本の密度や、人間関係の軋みから生まれる笑いの切れ味は、次第に薄まっていったように思える。
三谷幸喜のコメディは、登場人物たちが狭い箱の中で窮屈そうに藻掻いている時にこそ、天才的な冴えを見せる。映画的なスケールアップが、必ずしも作家性の深化には繋がらない──その残酷なパラドックスを証明してしまったのが、その後の彼のフィルモグラフィーだったのかもしれない。
だからこそ、我々は何度も『ラヂオの時間』に帰ってくる。 深夜のトラック運転手・渡辺謙が流した涙と共に、ここには純度100%の、混じりっ気なしの「三谷幸喜のエッセンス」が永遠に真空パックされているからだ。
- 製作年/1997年
- 製作国/日本
- 上映時間/103分
- ジャンル/コメディ
- 監督/三谷幸喜
- 脚本/三谷幸喜
- 製作/村上光一、高井英幸
- 製作総指揮/松下千秋、増田久雄
- 制作会社/フジテレビジョン、東宝
- 原作/三谷幸喜
- 撮影/高間賢治
- 音楽/服部隆之
- 編集/阿部浩英
- 美術/小川富美夫
- 録音/瀬川徹夫
- 照明/上保正道
- 唐沢寿明
- 鈴木京香
- 西村雅彦
- 戸田恵子
- 小野武彦
- 並樹史朗
- 梅野泰靖
- 藤村俊二
- 井上順
- 近藤芳正
- 奥貫薫
- モロ師岡
- 布施明
- 細川俊之
- 渡辺謙
- 桃井かおり
- 市川染五郎
- 梶原善
- 佐藤B作
- 宮本信子
- 田口浩正
- 遠藤久美子
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