おそらく、クロード・レインズ演じる悪役セバスチャンに、トリュフォー自身を重ね合わせて観ていたからではないか。「愛する女性に裏切られた風采のあがらない小男」というキャラ設定は、例えばトリュフォーの代表作『ピアニストを撃て』(1959年)の主人公シャルリにも通じるものがある訳で、思いっきり自己投影できたに違いない(実際クロード・レインズは、イングリッド・バーグマンよりも背が低かったのだ!)。
ラストシーン、「セバスチャンが、ナチのスパイ連の仲間にリンチを受けるであろうことを、予感させるショット」でこの映画は終幕を迎えるのだが、いかにもフランス映画的な、どこか悲哀に満ちたテイストにも、トリュフォーは感銘を受けたんではないか。
ハリウッド黄金期を代表するスターのケーリー・グラント視点ではなく、セバスチャンの視点からこの映画を眺めてみると、まるでパトリス・ルコント作品のような恋愛悲劇として、物語が機能していることに気づかされる。
だが残念ながら、僕は根っからのハッピーエンド大好き人間な訳でありまして、どうも終始一貫して重苦しいムードが漂っているこの『汚名』という映画を、あまり好きになれないんであります。
まず何より、「売国奴の父を持ったために、その汚名をはらすべくナチ一味を探る重要な職務に就く」というイングリッド・バーグマンの設定が重~い!!
彼女は、真の愛国者として奔走する訳ではなく、愛するケーリー・グラントのために、スパイ活動を遂行するのだ。行動原理が思いっきり恋愛至上主義じゃ、ポリティクス・サスペンスとしてのカタルシスはあまり感じられない。
普段は、快活で陽気なプレイボーイを体現するケーリー・グラントが、常に苦虫を100匹ぐらい噛み潰したかのような表情を浮かべているのも不満。愛するイングリッド・バーグマンが、セバスチャンと結婚する(=ベッドを共にする)という苦渋の選択に対しても、愛国者として「YES」と言わざるを得ない状況設定が、これまた重~い!!
ムードメーカーが陰気なら、映画自体も陰気になってしまうのは必然。という訳で陽気なケーリー・グラントをご覧になりたい方は、『泥棒成金』(1955年)や『北北西に進路を取れ』(1959年)を鑑賞されることを推奨いたします。
しかしながら、ヒッチコックの映像演出が冴えに冴え渡っていることは間違いなく、かの有名なキスシーンの長廻しといい、俯瞰ズームの使い方といい、その華麗なテクニックには酔わされっ放し。特にイングリッド・バーグマンが、ワイン酒蔵庫で手がかりを探すシーンは、その映像テクニックがふんだんに詰め込まれている。
ワインボトルが落ちそうになるショットにおけるカットバックの呼吸、クロード・レインズが鍵を握っているバーグマンの左手にキスしようとすると、慌てて夫に抱きついて鍵をそっと床に落とす、危機回避の演出。「サスペンス映画の教科書」に指定したいほどに、秀逸だ。
それでも『汚名』は、華麗なるサスペンス映画ではなく、愛する者に裏切られた男の悲劇として、認知すべき作品である。この映画に通奏低音として流れている重苦しさは、僕にとっては辛すぎるのだが。
- 原題/Notorious
- 製作年/1946年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/101分
- 監督/アルフレッド・ヒッチコック
- 脚本/ベン・ヘクト
- 撮影/テッド・テズラフ
- 音楽/ロイ・ウェッブ
- 音楽監督/C・バカライニコフ
- 編集/スローン・ウォース
- イングリッド・バーグマン
- ケーリー・グラント
- クロード・レインズ
- ルイス・カルハーン
- レオポルディーネ・コンスタンチン
- ラインホルト・シュンツェル
- モローニ・オルセン
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