“国家権力の横暴”をテーマにした、屈託のないエンターテインメント作品
かつてハリウッドでは、『パララックス・ビュー』(1974年)、『カサンドラ・クロス』(1976年)、『カプリコン・1』(1977年)をはじめ、「国家という巨大権力に単身立ち向かう、無力な一般市民」という構図のポリティカル・サスペンスが大量生産された。
ベトナム戦争の傷跡生々しい’70年代のアメリカでは、体制側に対する怒りが、社会派映画というフォームを借りて結実したんである。
しかし『エネミー・オブ・アメリカ』(1998年)は、国民へのプライバシー侵害という、“国家権力の横暴”をテーマに掲げてはいるものの、全世界盗聴・監視システムは単なる一個人の追跡ツールとして描かれ、屈託のないエンターテインメント作品として成立している。
何せメガホンをとるのが、細かいカット割りと大仰な映像表現が大好きなトニー・スコットで、主演を務めるのが、陽気なナイス・ガイのウィル・スミスだ。
リアリティスティックに陰謀論を押し進めるよりも、ド派手な爆破シーンや手に汗握るカー・チェイスが優先され、かつてのポリティカル・サスペンス映画の主人公たちが背負っていた寂寥感&孤独感は、ウィル・スミスが演じる時点でばっさりカット。
むしろ、かかる難事を飄々と切り抜けて行く姿は、『北北西に進路を取れ』(1959年)のケーリー・グラントをも彷彿とさせる。「国家による陰謀論」的ストーリーはもはや既成事実化され、純然たる娯楽作品として消化されてしまっているのだ。
最後はウィル・スミスが知恵を絞って、NSAとマフィアを対立させて難局を逃れるという、黒澤明の『用心棒』(1961年)みたいなオチの付け方にも、この作品が機転良く立ち回る頓知ムービーであることが見て取れる。
それにしても銃撃戦まで手ブレ演出というのは、トニー・スコットらしいといえばらしいが、観ているこっちは何が起きているのやらサッパリ分からん!。
この後、国家による監視システムというモチーフは、『ボーン・アイデンティティー』(2002年)や、『踊る大捜査線 THE MOVIE 2』といった作品に引き継がれていく。
しかし9・11以降、それが「国民への脅威」という語られ方はさらに激減し、エンターテインメント映画を駆動させるためのツールとして活用されることになる。
色んな意味で、『エネミー・オブ・アメリカ』は潮の変わり目に登場したポリティカル・サスペンス映画として、記憶すべき作品なのだ。
- 原題/Enemy of the State
- 製作年/1998年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/140分
- 監督/トニー・スコット
- 製作/ジェリー・ブラッカイマー
- 脚本/デヴィッド・マルコーニ
- 撮影/ダン・ミンデル
- プロダクション・デザイン/ベンジャミン・フェルナンデス
- 衣装/マーリーン・シュチュワート
- 音楽/トレヴァー・ラビン、ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
- ウィル・スミス
- ジーン・ハックマン
- ジョン・ヴォイト
- リサ・ボネット
- レジーナ・キング
- バリー・ペッパー
- ガブリエル・バーン
- ジェイソン・リー
- イアン・ハート
- ジェイク・ビューシイ
- トム・サイズモア
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