天国と地獄/黒澤明

天国と地獄 [Blu-ray]

シナリオの精密さに目を見張らされる、サスペンス映画の最高峰

作家の井上ひさしは『天国と地獄』(1963年)に関して、「特に前半一時間の緊密なドラマの積み上げ方は、もう神業だ」と賞賛しているが、ザッツラ~イト!

今まで作られた日本映画のなかでも、1、2を争う完成度の高い脚本であることは間違いない(俺統計)。小生、『天国と地獄』は何度も観ておりますが、そのたびにシナリオの精密さに目を見張らされます。勢い余って、思わずこんな構成表までつくっちゃいました。

権藤邸
・ナショナルシューズの経営方針をめぐって他の重役と対立
・誘拐犯からの電話(間違えて運転手の子供を誘拐してしまったことが発覚)
・警察の到着
・誘拐犯から身代金の受け渡しの指示

このシークエンスは全部で53分。サスペンス映画の前半部分を、三船敏郎演じる権藤の邸宅を舞台にした密室劇に仕立ててしまう着想がまず素晴らしい。ちなみに主人公の権藤金吾という名前は、エド・マクベインの原作『キングの身代金』の登場人物ゴードン・キングをもじって付けられたものらしい。

特急第二こだま
・トイレの窓から身代金の入ったカバンを投げ入れる
・運転手の子供が無事保護される

「こだま号の窓は開かないが、洗面所の窓だけは7センチだけ開く」という事実から、このような身代金受け渡しを考えついた小国英雄+菊島隆三+久板栄二郎+黒澤明の脚本チームの慧眼には敬服しきり。列車が酒匂川の鉄橋にさしかかるシーンの撮影で、民家の2階部分が邪魔になったため、依頼して撮影の1日だけ2階部分を取り払わせたという豪気なエピソードもアリ。

黄金町
・権藤邸を見上げる刑事たち
・犯人のアパートの部屋
・権藤邸での聞き込み

このシークエンスあたりから三船敏郎が物語から撤退していき、犯人役の山崎努が登場する。『天国と地獄』は練りに寝られた群衆劇なのだ。

捜査本部
・事件の経過を報告

鎌倉
・青木が、息子を連れて誘拐の経路を探る
・共犯者の別荘を発見

刑事たちが運転手の車に追いつきその無謀を諭していると、突如不安をかきたてる電子音が鳴り響き、木村功が「ボースン、子供がいない」と叫ぶシーンは何度見てもシビれる。“音”という要素が効果的にサスペンスを高める素晴らしい作例だ。

実はこの映画、劇伴がほとんど流れない。基本的に風、街の喧噪、警笛といった自然音を配置することによって、独特のリアリズムを生み出している。やたら劇伴を流して無理矢理盛り上げようとしている凡百の映画はこれを観て(聞いて)猛省すべし。

捜査本部
・新聞社に事件の経過を報告、偽情報の掲載を依頼

犯人の部屋
・新聞に掲載された偽の情報に動揺する

権藤邸
・窓の外から牡丹色の煙を発見

病院
・焼却炉の火夫から聞き込み
・刑事、病院で犯人・竹内を発見

捜査本部
・捜査一課、竹内を犯人と断定

山下公園~伊勢佐木町
・竹内を追跡する警察
・竹内、根岸屋で麻薬を入手

黄金町
・竹内、麻薬中毒患者に純度の高い麻薬を使って実験

『天国と地獄』はもうほとんど完璧に近いシナリオだが、強いて言えば根岸屋での麻薬受け渡しシーン、竹内が麻薬中毒患者をモルモット実験するシーンはやや冗長か。

それにしても、『赤ひげ』や『七人の侍』(1954年)でも感じたことだが、黒澤明の貧困描写は容赦ない。麻薬街における鬼気迫るようなリアリズムには、背中に薄ら寒いものを感じた。

赤ひげ [Blu-ray]
『赤ひげ』(黒澤明)

刑務所
・権藤と竹内が対決

三船敏郎と山崎努が留置所で対決するシーンは、オーソドックスな肩なめショットを切り返しているだけだが、それ故に両者のどっしりとした重厚な芝居が引き立つ(互いの顔がガラスにうっすら映る演出が巧い)。そしてあまりにも唐突すぎるエンディング。

なのでこのレビューもここで唐突に終わります。

DATA
  • 製作年/1963年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/143分
STAFF
  • 監督/黒澤明
  • 製作/田中友幸、菊島隆三
  • 脚本/小国英雄、菊島隆三、久板栄二郎、黒澤明
  • 原作/エド・マクベイン
  • 撮影/中井朝一、斎藤孝雄
  • 音楽/佐藤勝
  • 美術/村木与四郎
  • 録音/矢野口文雄
  • 整音/下永尚
  • 照明/森弘充
CAST
  • 三船敏郎
  • 香川京子
  • 仲代達矢
  • 石山健二郎
  • 木村功
  • 加藤武
  • 三橋達也
  • 志村喬
  • 東野英治郎
  • 藤原釜足
  • 山崎努

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