生まれ故郷ロンドンでヒッチコックが変態性を取り戻した復活作
『マーニー』(1971年)の主演女優ティッピ・ヘドレンにフラれてからというもの、ヒッチコックは不調だった。
『引き裂かれたカーテン』(1966年)、『トパーズ』(1969年)は興行的にも失敗し、サスペンスの巨匠ももうダメかとささやかれていたのだが、見事この『フレンジー』で復活。
21年振りに生まれ故郷のロンドンで撮影したことが、彼に再び生気を与えたのか。アブノーマルでウィアードな魅力に溢れた本作は、独創的なアイディアと卓越したテクニックが楽しめる秀作なり。
ヒッチコックは『マーニー』で過去のあらゆるセオリーを破ってみせる。“間違えられた男”というヒッチ定番のプロットではあるものの、中盤で真犯人を明かして、主人公ブレイニーと真犯人を並行に描いていく展開は今までにはなかった新機軸。
そのブレイニーも喧嘩早い粗暴な男として描かれ、かつてのケーリー・グラントやジェームズ・スチュワートが体現したような、万人受けするキャラクターではない。
ブロンド美人大好きのヒッチコックにも関わらず、あえて主要キャラクターに不美人を起用したりしているのも新しい試み。全ては「ネクタイ殺人」という猟奇犯罪の異常性を浮かび上がらせるがための“装置”なんである。
アブノーマルさという点では、『サイコ』(1960年)と双璧だろう。彼の作品としては初めてR指定されたのもナットク。絞殺魔ラスクが「ラーヴリィィィィィ…」を連呼しながら女性を殺害するシーンなんぞ、変態度120%のド迫力!
舌をダラリと出して殺されているカットもショッキング。ヒッチ作品で女性のハダカが登場するのも、意外なことにこの『フレンジー』がお初なんである。
ケッサクなのは、毎晩妻のつくる珍妙な料理に悪戦苦闘する警部。ほとんどゲテモノに近い料理を食べさせられ、おおいに弱っているシーンはグロテスクなユーモアに満ちている。
カイーユ・オ・レザンなるブドウを添えたウズラなんぞは罰ゲームの趣きだったが、主人公が怒りにまかせて踏みつけるブドウ、警部の妻がポキポキ音をたてて食べるパンなど、『フレンジー』では”食べ物”が隠れたモチーフとして使われている。
全編を貫く異常性はイギリス的なユーモアと相乗効果を生み、独特のタッチに高められる。この感覚は、鬼才ジャン・ピエール・ジュネの『デリカデッセン』に近いものがあるのではないか?
老いてなお変態魂を炸裂させるヒッチ親父。熟練のシェフが丹精を込めた自慢の品は、イギリス風のアンダーステイトメントの笑いをふんだんに取り入れた逸品である。なおこの映画を観終わった後は、しばらくチキン料理が食べられないので注意されたい。
- 原題/Frenzy
- 製作年/1971年
- 製作国/イギリス
- 上映時間/117分
- 監督/アルフレッド・ヒッチコック
- 製作/アルフレッド・ヒッチコック
- 脚本/アンソニー・シェーファー
- 原作/アーサー・ラ・バーン
- 音楽/ロン・グッドウィン
- 編集/ジョン・シンプソン
- 撮影/ギル・テイラー
- ジョン・フィンチ
- アレック・マッコーウェン
- バリー・フォスター
- バーバラ・リー・ハント
- アンナ・マッシー
- ヴィヴィアン・マーチャント
- バーナード・クリビンス
- ビリー・ホワイトロー
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