全編ワン・カットに挑んだヒッチコックの実験作
『ロープ』には元ネタとなった有名な殺人事件がある。1924年の「レオポルドとローブ事件」だ。
犯人は、ネイサン・フロイデンソール・レオポルド二世と、リチャード・A・ローブ。彼らは裕福な家庭に生まれたユダヤ人で、シカゴ大学の学生で、ニーチェの超人思想の信奉者で、そして同性愛者だった。
「自分たちは完全犯罪を遂行できる能力がある」と過信していた二人は、その優越性を立証するために、実業家の息子ボビー・フランクスを誘拐して殺害。身代金目的の誘拐に見せかけるために偽装工作を行うも、排水路に捨てた死体からレオポルドの片眼鏡が発見され、真相が明るみになり結局逮捕されてしまう。
この事件に着想を得て、パトリシア・ハミルトンが『ロープズ・エンド』なる作品を舞台化、さらにそれをヒッチコックが映画化したのが、本作『ロープ』(1948年)なのである。
『ロープ』といえば、全編ワン・カットの実験作として有名。ヒッチコックは、フランソワ・トリュフォーとの対談集『映画術』のなかで、
「舞台は物語の実際の時間と同じように進行するのだから、映画の演出も切れ目なく連続的でなくてはならないと思った」
とその意図を語っているが、正確にいうとこの映画は全編ワン・カットではない。
当時は一回の撮影で10分間しか廻せなかったために、フィルムの切れ目ごとに人物がカメラの前を横切って一瞬画面を真っ黒にさせ、黒味と黒味を繋ぐことによってワン・カットに見せかけているのだ。
何しろ床全体にカメラが動くコースが描かれ、移動車を使ってあっちに行ったりこっちに行ったりするのだから、いかに撮影が困難を極めたかは想像に難くない。物音がしないように特別にあしらえた床が、ステージ下に設置されていたという裏話ひとつとっても、涙ぐましい努力がうかがえる。
撮影実数は18日間だったが、あまりに前例のない撮影方法だったために、興味にかられた映画関係者が次々に見学に訪れたという逸話も頷ける。しかし僕が個人的に『ロープ』で注目したのは、“音”の処理だ。ワンカット撮影という制約によって、ヒッチコックの本分たるモンタージュや構図が影を潜めているぶん、サウンドトラックが演出上の大きな役割を果たしている。
ファーリー・グレンジャーの揺れ動く心情は、ピアノの旋律に表され、ラストに響き渡るパトカーのサイレンが、二人の犯人の運命を暗示する。この映画では、音というファクターが状況を語るのだ。
ヒッチコック自身は、映画の生命線であるモンタージュを放棄した本作をあまり気に入っていないようだが、ヒッチコキアンなら必見の映画であることは間違いなし。
あまり語られない事実だが、この作品が記念すべき“ヒッチコック初カラー作品“であることもチェック。夕方から夜に移り変わる窓からの風景、この色彩設計も見所のひとつです。
- 原題/Rope
- 製作年/1948年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/80分
- 監督/アルフレッド・ヒッチコック
- 製作/シドニー・バーンスタイン、アルフレッド・ヒッチコック
- 脚本/アーサー・ローレンツ、ヒューム・クローニン
- 原作/パトリック・ハミルトン
- 撮影/ジョセフ・A・ヴァレンタイン、ウィリアム・V・スコール
- 美術/ペリー・ファーガソン
- 音楽/レオ・F・フォーブスタイン
- 衣装/エイドリアン
- ジェームズ・スチュワート
- ジョン・ドール
- ファーリー・グレンジャー
- セドリック・ハードウィック
- コンスタンス・コリアー
- ダグラス・ディック
- エディス・エヴァンソン
- ディック・ホーガン
- ジョアン・チャンドラー
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