『ボディ・ダブル』(1984)
映画考察・解説・レビュー
『ボディ・ダブル』(原題:Body Double/1984年)は、ブライアン・デ・パルマ監督によるサスペンス作品である。俳優ジェイクは、奇妙な縁で出会った男に勧められ、夜ごとダンスを踊る女性の姿を望遠鏡越しに目撃するようになるが、ほどなくして彼女が何者かに狙われている気配を感じ取る。ロサンゼルスの住宅街から映画撮影現場、そしてアダルト業界へと踏み込む中で、ジェイクは自らが巻き込まれた事件の全貌と、誰が何の目的で彼を誘導しているのかを追わざるを得なくなる。
日曜洋画劇場のトラウマと、天才の悪ふざけ
1980年代にテレビ朝日『日曜洋画劇場』で育った世代にとって、ブライアン・デ・パルマの『ボディ・ダブル』(1984年)ほど、家族団欒を破壊した映画はない!
夕食時、お茶の間で箸を動かしている最中に突如として放り込まれる、過剰なエロティシズムと暴力。淀川長治先生の「サヨナラ、サヨナラ」すらも、どこか共犯者の薄笑いに見えてくるほどの背徳感。少年時代の僕にとって、この映画は大人の世界(しかも相当歪んだ)への裏口入学そのものだった。
当時の興行収入はわずか880万ドル。制作費1000万ドルすら回収できずに爆死したこの作品は、批評家たちから「女嫌いの駄作」「ヒッチコックの劣化コピー」と袋叩きにされた。
だが、ちょっと待て。『ボディ・ダブル』こそ、80年代の虚飾と映画産業の闇を暴き出した、デ・パルマ史上もっとも悪趣味で、もっとも誠実な傑作ではないか?
本作の構造は、映画ファンなら誰もがニヤリとするほど図太い。アルフレッド・ヒッチコックの『裏窓』(1954年)の「覗き見」設定と、『めまい』(1958年)の「替え玉(ボディ・ダブル)」トリックを、ミキサーに入れて粉々に粉砕し、80年代の原色ネオンとシンセサイザーで再構築したリミックス作品だからだ。
主人公の売れない役者ジェイク・スカリー(クレイグ・ワッソン)は、閉所恐怖症持ちで、妻に浮気され、住む場所も失うという、負け犬のフルコース状態。そんな彼が転がり込んだ豪邸から覗き見るのは、毎夜決まった時間に全裸で踊る美女。
ここでデ・パルマは、ヒッチコックが描いた「紳士的な覗き」を、完全に「下世話なポルノ」へと堕落させる。望遠鏡越しの視線は、もはやサスペンスのための道具ではなく、純度100%の欲望だ。
そして凶器として登場するのが、電動ドリル!巨大なドリルが床を突き破り、天井から迫りくるシーンのバカバカしさと恐怖たるや。精神分析を持ち出すまでもなく、これほど露骨な男根的暴力の象徴もないだろう。
繊細なヒッチコックが見たら卒倒しかねないこの過剰さこそが、デ・パルマの真骨頂なのだ。
ハリウッドとポルノ、その薄汚れた境界線
本作が画期的だったのは、物語の中核にポルノ産業を据え、ハリウッドという夢の工場と地続きのものとして描いた点にある。
主人公は事件の真相を探るため、ポルノ業界へと潜入する。そこで出会うのが、メラニー・グリフィス演じるポルノ女優ホリー・ボディ。当初、デ・パルマはこの役に本物のポルノスターであるアネット・ヘヴンを起用しようとしたが、コロンビア映画が猛反発して断念したという逸話がある。
しかし、この裏話こそが、本作のテーマを皮肉にも証明している。メジャースタジオは“性”を商品として消費しつつも、その供給源であるポルノ業界とは一線を引きたがる。
デ・パルマは、劇中でB級ホラーの撮影現場とポルノ撮影現場を並列に描くことで、「お前らがやっていることも、所詮は見世物小屋だろう?」と嘲笑っているかのようだ。
メラニー・グリフィス(彼女の母親はヒッチコック映画のミューズ、ティッピ・ヘドレン!)の起用は、映画史的な呪いと搾取の連鎖を暗示させ、物語に奇妙な重層性を与えている。
80年代のあだ花、「Relax」とミュージックビデオ的快楽
そして絶対に外せないのが、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの名曲「Relax」が登場するシーンだ。劇中、主人公がポルノ撮影現場に紛れ込む場面で、なぜか唐突にミュージックビデオ風のシーケンスが挿入される。
レーザー光線が飛び交い、SMチックな衣装に身を包んだバンドメンバーが歌い、半裸の男女が蠢く。物語の進行を完全に無視したこのシーンは、当時MTV全盛期だった時代の空気を強烈に真空パックしている。
「Relax, don’t do it(落ち着け、やめておけ)」という歌詞は、射精の我慢を歌ったゲイ・アンセムであり、破滅に向かう主人公への警告でもある。この猥雑で、無意味で、最高にキャッチーな数分間こそ、理屈よりも快楽を優先させた80年代映画の到達点と言えるだろう。
覗き見ているのは「あなた」だ
公開当時、ロジャー・エーベルトを除く多くの批評家が本作を酷評した。しかし、現在ではカルト的な人気を誇り、『アメリカン・サイコ』の主人公パトリック・ベイトマンのお気に入り映画として引用されるなど、その評価は180度転換している。
デ・パルマは、カメラという装置を使って女性の体を切り刻み、それを娯楽として消費する我々観客の「視線」そのものを告発した。映画館の暗闇、あるいは日曜の夜のリビングで、我々は安全な場所から他者の悲劇と裸体を貪るピーピング・トム(覗き魔)だ。
『ボディ・ダブル』は、その共犯関係を、電動ドリルのような轟音とともに暴き立てる。気まずくて、悪趣味で、どうしようもなく面白い。この映画体験は、一度味わったら二度と忘れられない「甘い罠」なのだ。
- 監督/ブライアン・デ・パルマ
- 脚本/ブライアン・デ・パルマ
- 製作/ブライアン・デ・パルマ
- 製作総指揮/ハワード・ゴットフリード
- 撮影/スイーブン・バーン
- 音楽/ピノ・ドナジオ
- 編集/ジェリー・グリーンバーグ
- 美術/アイダ・ランダム

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