羊文学『D o n’ t L a u g h I t O f f』(2025)笑わないことで更新された“やさしさ”

羊文学『D o n’ t L a u g h I t O f f』(2025)
アルバム考察・解説・レビュー

7 GOOD

『D o n’ t ‌ ‌ ‌L a u g h ‌ ‌ ‌I t ‌ ‌ ‌O f f』(2025年)は、スリーピースバンド羊文学の5枚目となるスタジオアルバム。タイトルに込められた「笑ってごまかさないで」という言葉の通り、感情を装わずに受け止める誠実さが全編を貫く。冒頭の「そのとき」から淡い光のようなギターと透明なヴォーカルが響き、静けさの中に確かな輪郭を描く。「声」や「Burning」「未来地図2025」など多彩な楽曲を通じて、過去と現在、痛みと希望が交錯する構成が展開される。リリース当時、バンドは多くのドラマやCM主題歌を担当しており、本作はその活動の集大成として位置づけられている。

静けさの強度

『D o n’ t L a u g h I t O f f』(2025)は、羊文学が静かに、しかし確実に自らの輪郭を描き直したアルバムである。

タイトルが示す「笑ってごまかさないで」という言葉は、自己防衛のための皮肉や照れを拒む姿勢の表明だ。痛みを笑いに変換せず、そのまま抱きしめること。その潔さが、この13曲のすべてを貫く。

オープニングの「そのとき」から、音はまるで曇天の向こうに差す光のように立ち上がる。淡く、しかし確実に輪郭をもつギターのアルペジオ。塩塚モエカの声が空気に溶ける瞬間、羊文学というバンドがこれまで守ってきた“静けさの強度”がはっきりと再提示される。

そして、その声にはどこかアン・サリーを思わせる包容がある。圧倒的な母性と温度を含みながら、鍵盤の響きが少しずつ歪み、やがてシューゲイザー的な音の洪水へと変貌していく。その移行のスリルが、アルバムの世界を最初の一曲で決定づける。

続く「いとおしい日々」では、過去と現在を並列に置くような詞の構造が印象的だ。時間を語ることが、自己の位置を確かめることと同義であるかのように、歌はゆっくりと内省を深めていく。

轟音と沈黙のあいだ──“Burning”の光

中盤に配置された「Feel」、「声」、「tears」は、アニメやドラマで先に耳にしたリスナーにとっても、ここではまったく違う表情を見せる。単曲としての“即効性”ではなく、アルバム全体の呼吸の中で機能するように配置されているのだ。

たとえば「声」は、ドラマ主題歌としての昂揚を抑え、ひとりの人間が感情を言葉にできないまま立ち尽くすような内的独白として響く。塩塚のヴォーカルは高音で張らず、母音を柔らかく漂わせ、音と言葉の境界を曖昧にしていく。その“言い切らなさ”が、聴く者の胸に沈黙の余白を残す。

個人的にもっとも好きなナンバーはやはり「Burning」。唸りを上げるシューゲイザー的なギターの壁が押し寄せ、音の粒子が空気を震わせる瞬間に、バンドの重心がぐっと低く沈む。そのノイズのうねりの中で、塩塚の声は決して埋もれず、むしろ光のように立ち上がる。

轟音の中に静謐がある──その逆説こそが、羊文学というバンドの本質なのだと思う。ポップの形式を踏まえながらも、音の洪水の中で自らの存在を確かめる。その姿勢に、ロックバンドとしての矜持が感じられる。

やさしさの再定義──笑わないという勇気

新曲群の中でも「doll」は特筆に値する。インディーズ期の初期衝動を思わせるギターサウンドとストレートなビート。その荒さは、今の羊文学が到達した「整いすぎた美しさ」への一種のカウンターのようにも聴こえる。

整音と均衡を志向するアルバムの中で、あえてノイズを残す。それはバンドが過去を懐かしむのではなく、原点の“未完成さ”を今の文脈に引き戻す試みだろう。

「cure」では、逆に音を削ぎ落とす。残響がゆっくりと空気を支配し、声とギターが静かに浮遊する。ここには、羊文学が長く追い求めてきた“沈黙の音楽”がある。何も起こらないようでいて、すべてがそこにある。彼らが到達したのは、感情の爆発ではなく、その直前の呼吸なのだ。

後半、「Runner」から「未来地図2025」へと続く流れは、日常と希望の境界をなぞるように構成されている。「未来地図2025」はタイアップ曲という文脈を超え、アルバム全体のエピローグとしての役割を果たす。そこに描かれているのは、未来のビジョンではなく、“今日を生きるための設計図”だ。

『D o n’ t L a u g h I t O f f』は、拡張と収縮、外向きと内向きの緊張を絶妙に共存させたアルバムである。羊文学はポップ・フィールドでの成功を手にしながら、その光の中に立ち尽くすことを選ばなかった。代わりに、そこに生じる影の輪郭を見つめ、その形を音で描いた。だからこの作品は、明るさよりも温度、強さよりも継続、勝利よりも誠実さを選ぶ。

結局のところ、羊文学はこのアルバムで“やさしさ”の定義を更新したのだろう。笑ってごまかすことではなく、笑えない痛みを抱えたまま、それでも歩いていくこと。それを歌うために、彼らは音楽という静かな武器を選んだのだ。

DATA
  • アーティスト/羊文学
  • 発売年/2025
  • レーベル/ソニー・ミュージック
  • ジャンル/ロック
PLAY LIST
  1. そのとき
  2. いとおしい日々
  3. Feel doll
  4. 春の嵐
  5. 愛について
  6. cure tears
  7. ランナー
  8. 未来地図2025
  9. Burning don’t laugh it off anymore