じっくりと生理的恐怖を呼び起こす、神経質症ホラーの金字塔
ヨーロッパで活躍していたロマン・ポランスキーをハリウッドに呼び寄せたのは、ハリウッドの伝説的プロデューサーと称されたロバート・エヴァンスだった。彼はアイラ・レヴィン原作の『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)が正統派ホラー映画として「売れる」と判断し、ポランスキーに監督を依頼する。
ポランスキーは1日かけて原作を読破し、翌朝には監督を引き受けることを伝えたという。それだけ彼の目には魅力的なプロジェクトに映ったのだろう。彼はシナリオも手がけることになり、272ページに及ぶ脚本を約3週間で完成させた。
ヨーロッパの若い才能を監督に迎え入れることに成功したロバート・エヴァンスは、さらに映画を「売る」ために、キャスティング作業に取り掛かる。彼が目をつけたのが、ミア・ファロー。まだコレといったヒット作品はなかったものの、フランク・シナトラとの結婚で注目を集める存在だったのである。
『反撥』(1965年)のカトリーヌ・ドヌーヴ、『テス』(1979年)のナスターシャ・キンスキーがそうであったように、ポランスキーは“狂気を内に秘めた、神経質症な女性”を描写するのが大得意。ポランスキーはいかにも薄幸そうなミア・ファローに無限のポテンシャルを感じ、このキャスティングに同意する。
万全の策を打ったはずのロバート・エヴァンスだったが、事態は思わぬ方向に発展する。フランク・シナトラがミア・ファローとの離婚届を提出したのだ。シナトラとヨリを戻したいミア・ファローは、撮影にカマっていられないと、エヴァンスに契約の解除を申し出る。
もちろんエヴァンスにしてみれば、主演女優に去られてしまっては困る。彼は彼女に撮影済みのフィルムを見せて、「君の演技はアカデミー賞ノミネート確実だ!」と囁いて、翻意させたという。さすが、ハリウッドの伝説的プロデューサー。もはや、やることが詐欺師まがいだ(結局、ミア・ファローはアカデミー主演女優賞にはノミネートされなかった)。
かくして作られた『ローズマリーの赤ちゃん』は、アメリカ映画を代表するホラー映画となった。この作品でポランスキーは、直感的なショック演出には頼っていない。ヒッチコックのようなサスペンス描写に徹する訳でもない。主人公の心理を丁寧になぞりながら、じっくりと生理的恐怖を呼び起こす。
「悪魔の子を宿してしまう」というストーリーながら、悪魔は一度も映像に出てこない。ポランスキーの狙いはいかに観客をミア・ファローに感情移入させられるか、彼女にふりかかる事件をリアルに体感させられることができるのか、という一点にある。
誰も信じられなくなったミア・ファローの心理状態に我々観客もシンクロして、次第に他の登場人物が全員悪魔信者にみえてしまうのは巧い。
そして衝撃のラスト。「母性」という得体の知れない装置は、結局あらゆる倫理を突き破ってしまう。この映画の真の恐怖はそこにある。
…ちなみにこの作品の舞台となっているマンションは、ジョン・レノンが暗殺された場所でもある、かの有名なダコタ・ハウスです。
- 原題/Rosemary’s Baby
製作年/1968年
製作国/アメリカ
上映時間/137分
- 監督/ロマン・ポランスキー
- 脚本/ロマン・ポランスキー
- 製作/ウイリアム・キャッスル
- 原作/アイラ・レヴィン
- 撮影/ウィリアム・A・フレイカー
- 音楽/クシシュトフ・コメダ
- ミア・ファロー
- ジョン・カサヴェテス
- ルース・ゴードン
- シドニー・ブラックマー
- モーリス・エヴァンス
- ラルフ・ベラミー
- エリシャ・クック・Jr
- パッツィ・ケリー
- チャールズ・グローディン
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