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2018/1/29

『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)なぜ母性は“悪夢”へと変わったのか?

『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)
映画考察・解説・レビュー

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『ローズマリーの赤ちゃん』(原題:Rosemary’s Baby/1968年)は、ロマン・ポランスキー監督がメガホンを取り、ミア・ファロー、ジョン・カサヴェテス、ルース・ゴードンらが出演した心理ホラーの金字塔。アイラ・レヴィンの同名小説を映画化した本作は、ニューヨークの由緒あるアパートに越してきた若き妻ローズマリーが、妊娠をきっかけに日常へじわじわと侵入してくる“見えない恐怖”に囚われていく物語だ。優しいはずの夫の不可解な振る舞い、過干渉な隣人たちの異様な親切、医師の言動の違和感が少しずつ積み重なり、祝福されるべき妊娠はやがて不安と疑念の渦となって、ローズマリーの世界を悪夢へと反転させていく。

ヘイズ・コードを葬り去った、ポランスキーの心理的猛毒

60年代ハリウッドのホラー映画は、吸血鬼や狼男といった「見える怪物」が主流の、どこか牧歌的な時代だった。だが、そこに現れたロマン・ポランスキーという異端児が、すべてを叩き潰す。

彼は当時、映画界を支配していた自主規制「ヘイズ・コード」の末期という制約を逆手に取り、直接的な暴力や怪物描写を一切排除することで、かえって観客の想像力を「恐怖の燃料」に変えてしまったのだ。

『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)においても、ポランスキーが最もこだわったのは、「これはローズマリーの被害妄想なのか、それとも客観的な現実なのか」という曖昧さの維持だった。

彼は撮影現場で悪魔の姿を具体的に見せることを頑なに拒み、照明の陰影と音響だけで「何かがそこにいる」という気配を構築。さらにローズマリーの主観に没入させるため、極端に低いローアングルや、壁の角を回り込むような不安定なフレーミングを多用した。

そして伝説的な「生のレバー」を食べるシーン。ベジタリアンだったミア・ファローに対し、ポランスキーは「嘘を排除するため」という名目で、血の滴る本物の生レバーを何度も食わせ、吐き気と戦わせながらその表情を撮り続けた(ヒドすぎる)。

車がビュンビュン行き交うニューヨークの公道を実際に横断させた撮影では、ファローは「本気で死ぬかと思った」と後にコメント。この「演出ではない、生命の危機への本能的な恐怖」がフィルムに刻まれたことで、日常がじわじわとオカルトに侵食される生理的な戦慄が生まれる。

出産という生命の神秘を、この世で最も不浄な不安へと変換したポランスキーの演出は、もはや芸術的なテロリズムそのものである。

なぜポランスキーは美しき女性を追い詰めるのか?

ポランスキーが描く恐怖の真髄は、血飛沫ではなく「一人の女性が精神的に解体されていくプロセス」そのものにある。

本作の3年前、彼は『反撥』において、若きカトリーヌ・ドヌーヴをロンドンのアパートに閉じ込め、壁から突き出す無数の手と腐りゆくウサギの死骸と共に、彼女の正気を完膚なきまでに叩き潰した。この『反撥』から『ローズマリーの赤ちゃん』へと至る系譜こそ、ポランスキーが提唱した「密室心理ホラー」の完成形である。

彼は主演女優に対して、あたかも実験動物を観察する科学者のような冷徹さで接してきた。ドヌーヴには「無垢な美しさが崩壊する瞬間の醜さ」を、そしてミア・ファローには「身体を奪われゆく母親の無力感」を、執拗なまでのテイク数と精神的な追い込みで引き出す。

ファローが劇中で見せるあの「痩せこけた、絶望的なまでに鋭利な表情」は、演技を超えた一人の女性が尊厳を奪われていく実録映像でもあったのだ。

なぜ彼はこれほどまでに女性の狂気に執着するのか?それは、ポランスキー自身が幼少期にクラクフ・ゲットーで経験した「昨日までの隣人が、今日自分を殺しに来る」という不条理な恐怖を、最も脆く美しい存在を通じて再現しようとしているからではないか。

彼にとって、アパートの一室は安息の場ではなく、人間の理性が剥がれ落ち、動物的な本能と狂気が剥き出しになる「逃げ場のない実験室」なのである。

伝説の辣腕エヴァンスと「憔悴した女神」!離婚・狂気・アカデミーの椅子!

ヨーロッパの鬼才ポランスキーをハリウッドに招き、この毒薬のような企画を成功させたのは、伝説的プロデューサーのロバート・エヴァンス。彼は原作を「単なるオカルトではなく、現代社会に潜む孤独と搾取の物語」と見抜き、ポランスキーに監督を依頼した。

ポランスキーは原作をわずか1日で読み切り、わずか3週間で272ページに及ぶ緻密な脚本を書き上げる。だが、最大の波乱は撮影中に起きたフランク・シナトラとの離婚騒動だろう。

エヴァンスが目をつけたミア・ファローは当時、巨星シナトラの妻であったが、撮影が延びることに激怒したシナトラは現場に公然と離婚届を送りつけ、彼女に引退を迫るという凄まじい「精神的虐待」を仕掛ける。

精神的に崩壊寸前となったファローは降板を申し出るが、ここでエヴァンスの「人たらし」の本領が発揮される。彼は撮影済みのフィルムを彼女に見せ、「君はこれでアカデミー賞を獲る。シナトラとの結婚なんてちっぽけなことだ」と囁き、地獄の現場に繋ぎ止めた。

さらに本作が提示した「ガスライティング(周囲が結託して一人の正気を奪う心理的虐待)」というテーマは、撮影現場でのファロー自身の状況、つまりポランスキーの過酷な要求とシナトラの冷酷な切り捨てという二重の暴力と恐ろしいまでに共鳴していたのだ。

このエヴァンスの冷徹な戦略と、ボロボロになりながら演じたファローの献身が、本作を単なる映画を超えた「呪われた結晶」へと変貌させてしまう。

シャロン・テート事件とジョン・レノン暗殺が交差する「恐怖の現実化」

本作の恐怖が現代においても語り継がれる最大の理由は、映画の舞台となったアパート「ダコタ・ハウス」が、現実の悲劇を引き寄せる磁場となってしまったことにある。

映画公開の翌年、ポランスキーの私生活を襲った悲劇があまりにも生々しく映画の内容とリンクしていることに戦慄を禁じ得ない。1969年、ポランスキーの最愛の妻であり、妊娠8ヶ月であったシャロン・テートが、カルト教祖チャールズ・マンソンの信奉者によって惨殺されたのだ。

映画で描かれた「妊娠中に邪悪な集団によって身体の所有権を奪われ、運命を蹂躙される」という恐怖が、監督自身の人生において最悪の形で現実化してしまった皮肉。当時の人々は「ポランスキーが映画で悪魔を呼び出したからだ」と本気で噂したという。

さらに、1980年には同じダコタ・ハウスの門前でジョン・レノンが暗殺されるという事件まで発生。この建物は、まさにポランスキーが描いた「都会の洗練の陰に潜む、得体の知れない邪悪」の象徴となってしまった。

本作が提示した「母性という倫理をも超越する、制御不能な力」のテーマは、後の『エクソシスト』や『オーメン』に決定的な影響を与えたが、それらフィクションの追随を許さないのは、監督自身の血と涙が、現実の歴史と悲劇的に交差してしまったからに他ならない。

ラストシーン、不気味な子守唄が流れる中、わが子が「悪魔」だと知りながらも慈しむローズマリーの眼差し。それは、この不条理な世界で生きる人間の、絶望的なまでの無垢さと「所有された者」の悲哀を抉り出している。

FILMOGRAPHY