観客を納得させるソフト・ランディングに失敗したスパイ・サスペンス
【思いっきりネタをばらしているので、未見の方はご注意ください。】
『リクルート』(2004年)は2つのシークエンスから構築されている。マサチューセッツ工科大学を卒業したエリート学生のコリン・ファレル(全く知的キャラに見えないのが難点)が、アル・パチーノにヘッドハンティングされて、CIA工作員養成所「ファーム」で特殊訓練を受ける第一部。
晴れて秘密工作部隊NOCに昇格したあと、一度は心を通わせた女性ブリジット・モイナハンの二重スパイ容疑を探るという第二部。実に明瞭な二部構成の作品なのだ。
思い返してみれば、スタンリー・キューブリックによる怪作『フルメタル・ジャケット』(1987年)もまた、海兵隊の訓練キャンプ&ベトナム戦争のシークエンスから成り立つ二部構成映画だった。
キューブリックは、訓練キャンプのシークエンスを徹底的に閉鎖的に描いて、息の詰まるような映像設計を施し、打って変わってベトナム戦争のシークエンスでは、移動撮影を効果的に使いながら奥行きのある空間設計を施した。つまり、訓練と戦争シーンの差別化が、空間と距離の伸縮によって表現されているんである。
しかしこの『リクルート』に、そんな計算はナッシング。特殊訓練を行う「ファーム」は、人里離れた森の中にあるという設定らしいものの、ロングの遠景シーンをインサートすることもせずにドラマが進行するものだから、観客は「こんな僻地に閉じ込められて大変だな~」という感覚をいまいち共有できず。
後半はCIA本部(通称ラングレー)が主たる舞台になっているので、前半と後半の空間的な差別化も徹底できていない。これはハッキリ言って、過去に『追いつめられて』(1987年)、『ホワイト・サンズ』(1992年)、『13デイズ』(2000年)といったサスペンス映画を手がけてきた、ロジャー・ドナルドソンの演出不足だと思われます。
なぜ僕が空間的な差別化にこだわるかといえば、実は裏切り者だったアル・パチーノが射殺される間際に、「俺をこんなところに押し込めやがって!」というセリフがあるからである。
人一倍愛国者だったであろう彼が、なぜ背信行為に走ったのか?それは、優れた諜報部員だったパチーノが実地任務から解かれてしまい、「ファーム」における訓練官としての仕事をあてがわれ、プライドが傷つけられたからだろう。「ファーム」はアル・パチーノにとって流刑場だったのである。
真実と思われていたものが、矢継ぎ早に覆されていくライアーゲームものにおいては、観客を納得させる着地がマスト条件のはず。
しかし、アル・パチーノが背信に走った映像的根拠としての“空間的、距離的な差別化”が全く機能していない。観客を納得させるソフト・ランディングができなかったところに、この作品の弱点がある。
《補足》
コリン・ファレルが、クラブでオンナのコを口説く時の「俺は刑務所から出来てきたばかり」という殺し文句は、彼が実際にナンパに成功した際のセリフらしい。普段からなんちゅー口説き方をしとるんだ、コイツは。
《補足2》
コリン・ファレルが、カフェでカート・ヴォネガットの『スローターハウス5』(1969年)を読んでいるシーンを覚えているだろうか?
コンピュータ・ウィルスの「アイス9」という名称や、朝食のシーンで、コリン・ファレルがブリジット・モイナハンに言う「チャンピオンたちの朝食」というセリフは、実は全てヴォネガットへのオマージュになっている。
『アイス9』はヴォネガットのSF小説『猫のゆりかご』に登場する物質名だし、『チャンピオンたちの朝食』も、同じくヴォネガットの小説タイトルなのだ。
- 原題/The Recruit
- 製作年/2004年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/115分
- 監督/ロジャー・ドナルドソン
- 製作/ジェフ・アップル、ゲイリー・バーバー、ロジャー・バーンバウム
- 製作総指揮/ジョナサン・グリックマン、リック・キドニー
- 脚本/ロジャー・タウン、カート・ウィマー、ミッチ・グレイザー
- 撮影/スチュアート・ドライバーグ
- 編集/デヴィッド・ローゼンブルーム
- 音楽/クラウス・バデルト
- アル・パチーノ
- コリン・ファレル
- ブリジット・モイナハン
- ガブリエル・マクト
- ユージン・リピンスキ
- ケン・ミッチェル
- マイク・リアルバ
- ロン・レア
- カール・プルーナー
- クリス・オーウェンズ
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