「筋肉は嘘をつかない。暴力は救われない――映画『ボディビルダー』がもたらす”居心地の悪さ”の正体とは? 考察&評価レビュー」という考察/解説レビューを映画チャンネルに寄稿しました。
『ボディビルダー』は、“世界一のボディビルダーとして、いつか雑誌の表紙を飾りたい”という、あまりにも単純で、だからこそ危うい夢に人生を賭けた男の物語だ。主人公キリアン・マドックスは、アメリカの田舎町で病気の祖父を介護しながら、低賃金労働に従事する青年。友人もナシ、恋人もナシ。彼の生活は極端に規律的で、過酷なトレーニングと食事制限によって秩序が保たれている。しかし、キリアンの内面はこの規律正しい生活とは裏腹に、常に制御不能な緊張を孕んでいる。
この設定だけを切り取れば、この映画は「社会から疎外された男が鬱屈を溜め込み、やがて暴力へと至る」という、類型的な物語に見えるかもしれない。映画史において、この構図は幾度となく反復されてきた。孤独と妄想が臨界点を越えることで物語が転調する『タクシードライバー』、日常に押し込められていた怒りが逸脱として噴き出す『フォーリング・ダウン』、あるいは貧困と嘲笑の集積が地下鉄での銃撃を境に暴動へと転化する『ジョーカー』。これらの作品では、暴力は感情の放出口であると同時に、物語を次の段階へ押し上げる決定的なスイッチとして機能してきた。
だが『ボディビルダー』は、その回路を意図的に断ち切る。キリアンの暴力は爆発というよりも、誤作動に近い。そこにはカタルシスも、世界が切り替わるような感触もない。破壊行動の後に訪れるのは、より深い孤立と混乱。免罪も正当化も拒否されることで、暴力は意味に変換されないまま宙づりにされる。
ぜひご一読ください!
DATA
STAFF
- 監督/イライジャ・バイナム
- 脚本/イライジャ・バイナム
- 製作/ジェニファー・フォックス、ダン・ギルロイ、ジェフリー・ソロス、サイモン・ホースマン、ルーク・ロジャース
- 製作総指揮/アンドリュー・ブラウ、モーガン・アーネスト、ジョナサン・メジャース、トム・オーテンバーグ、レミュエル・プラマー、L・J・プラマー、ジェイソン・L・トルバート
- 撮影/アダム・アーカポー
- 音楽/ジェイソン・ホール
- 編集/ジョン・オタズア
- 美術/フレイヤ・バーデル
- 衣装/ベックス・クロフトン=アトキンス
CAST
FILMOGRAPHY
- ボディビルダー(2023年/アメリカ)