『あの頃ペニー・レインと』(2000)
映画考察・解説・レビュー
『あの頃ペニー・レインと』(原題:Almost Famous/2000年)は、1970年代のアメリカを舞台に、15歳の少年ウィリアムが音楽誌『ローリング・ストーン』の記者として無名バンド〈スティルウォーター〉のツアーに同行する物語である。憧れと現実の狭間で、彼はロックに“感染”していく。
「評論するな、感染しろ」──ロック批評の原点
僕が敬愛するサブカルライター川勝正幸氏は、その著書『ポップ中毒者の手記』(1996年)の中でこう書いている。「評論するな、感染しろ!」。 この一文は、批評という営為が本来「知的操作」ではなく、「熱の共有」であることを教えてくれる。
評論とは、対象を遠ざけることではなく、むしろ近づきすぎて焼けることだ。自分に正直であること。自分を偽らないこと。そして、その対象に心からシビれること。『あの頃ペニー・レインと』(2000年)は、その姿勢を映画として体現した作品だ。
キャメロン・クロウ自身が、若干15歳で『ローリング・ストーン』誌に寄稿した実話をベースにした本作は、「評論」と「憧れ」の狭間で揺れる少年の物語である。ロックを言葉で捉えようとする者が、ロックそのものに飲み込まれていく。それは、批評という名の“感染”だ。
ロック・ジャーナリズムの青春──「書くこと」と「感じること」の交差点
映画の主人公ウィリアム(パトリック・フュジット)は、15歳の少年ライター。 ローリング・ストーン誌から依頼を受け、無名のロックバンド〈スティルウォーター〉のツアーに同行することになる。 この設定自体が、キャメロン・クロウの自伝的再構成である。
舞台は1970年代初頭、フラワー・ムーヴメントの残り香がまだ街を包む時代。だがここでクロウが描くのは、ドラッグやセックスの享楽ではない。むしろロックという表現が、いかに“純粋な信仰”であり得たかを描く。
ザ・フー、サイモン&ガーファンクル、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン──。サウンドトラックには、70年代の空気を凝縮した名曲たちが並ぶ。しかしそれらは単なるノスタルジーではない。クロウにとってのロックとは、時代精神の記録であり、言葉よりも先に身体を動かす“感覚の言語”だった。
ウィリアムがノートに言葉を書き込むとき、それは批評ではなく祈りとなる。彼は記事を書くために音楽を聴くのではない。音楽に溶け込むために書くのだ。この映画が教えてくれるのは、書くことと感じることが本来ひとつであったという事実である。
ペニー・レインという幻想──ロックのミューズ、ロックの犠牲
そして何よりも忘れがたいのが、ペニー・レイン。彼女を演じるケイト・ハドソンは、かのゴールディ・ホーンの娘。その血筋が、まるで時代の遺伝子のようにこの映画に息づいている。
ペニーは、単なるグルーピーではない。彼女は自らを“バンド・エイド”──バンドにインスピレーションを与える存在──と称する。彼女にとって音楽とは、恋愛でもビジネスでもなく、“生きることそのもの”である。その夢見がちな自己定義が痛ましくも美しい。
彼女が「私、缶ビールと交換されたの」と知らされるシーン。そのときの彼女の返答──「ビールの銘柄は何だった?」──は、あまりにも切ない。自分の価値を冗談に変えることで、かろうじて自尊を守る少女の微笑が胸を突く。
ケイト・ハドソンの演技は、感情を露骨に表現するのではなく、痛みを軽やかさに変える。彼女の微笑は防御であり、涙の代償だ。その透明な悲しみの中に、ロックという文化が持っていた“自己犠牲のロマンティシズム”が宿っている。
ロックとは感染である──キャメロン・クロウの信仰告白
おそらくキャメロン・クロウは、他のどの映画作家よりもロックを信じている。『ザ・エージェント』では成功と誠実の対立を描き、『バニラ・スカイ』では夢と現実の境界を探った。だが『あの頃ペニー・レインと』は、彼にとって最も“真実”に近い映画なのではないか。
ロックは、論理ではなく感染で伝播する。ステージの光、観客の歓声、アンプの震動──それらが観る者の血を熱くする。この映画には、その“熱”がある。理屈を越えた、どうしようもなく生の匂いのする情熱がある。
ウィリアムは、ペニーを愛し、音楽を愛し、そして文章を愛する。だがそのどれもが未完成で、傷つきやすい。それこそが青春の真実であり、クロウが描きたかった「ロックの精神」だ。ロックとは“世界に恋をする行為”であり、その結果として必ず傷を負う。
この作品のエッセンスは、批評の純度と愛の純度が等価であるという逆説にある。批評とは、感染しながら書くこと。そして書くとは、傷つきながら生きることなのだ。
青春の残響──失われた時間を抱きしめて
『あの頃ペニー・レインと』のラストで、ウィリアムは記事を書き上げ、ペニーは旅立つ。 二人が共有した時間は、永遠には続かない。 だが、それが“永遠ではない”からこそ、音楽のように美しい。
青春とは、記録不可能な一瞬の光である。ロックもまた、同じ儚さの上に成り立つ。キャメロン・クロウは、その儚さをフィルムに焼き付けることで、自らの青春をもう一度生き直した。それは、観客一人ひとりの青春をも呼び覚ます。
川勝正幸の言葉を借りれば──「評論するな、感染しろ」。この映画を観る者は、批評する前に、まず感染する。『あの頃ペニー・レインと』は、ロックという感染症に罹ったすべての人々への鎮魂歌である。
- 原題/Almost Famous
- 製作年/2000年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/123分
- ジャンル/青春
- 監督/キャメロン・クロウ
- 脚本/キャメロン・クロウ
- 製作/キャメロン・クロウ、イアン・ブライス
- 撮影/ジョン・トール
- 音楽/ナンシー・ウィルソン
- 編集/ジョー・ハッシング、サー・クライン
- 美術/クレイ・A・グリフィス、クライトン・R・ハートリー
- 衣装/ベッツィ・ハイマン
- パトリック・フュジット
- マイケル・アンガラノ
- ケイト・ハドソン
- ビリー・クラダップ
- フランシス・マクドーマンド
- ジェイソン・リー
- アンナ・パキン
- フェアルザ・バルク
- ノア・テイラー
- ズーイー・デシャネル
- フィリップ・シーモア・ホフマン
- あの頃ペニー・レインと(2000年/アメリカ)
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