家族のすれ違いを、冷徹なまでに丁寧に描いたドラマ
かつて、テレビドラマの本流を成していたのはホームドラマだった。
水前寺清子がチャキチャキの下町娘を演じた『ありがとう』(1970年〜1975年)、小林亜星が事あるごとにちゃぶ台をひっくりかえす『寺内貫太郎一家』(1974年)、中流家庭の崩壊を描いた『岸辺のアルバム』(1977年)。
だが高度経済成長期が終わりを告げ、核家族化が進行すると、ホームドラマは表舞台から少しずつ撤退していく。今やテレビドラマは、サスペンスものと恋愛もので横溢している。ホームドラマは、絶滅危惧種指定ジャンルなのだ。
夏の終わり、長男の命日に集まったある家族の一日をスケッチ風に素描した『歩いても 歩いても』(2008年)は、時代錯誤なくらいホームドラマに徹した映画だ。
開業医だった父親(原田芳雄)と次男(阿部寛)の仲は、医院を継がなかったことでどこかギクシャクしている。快活で如才ない長女(YOU)は、母親(樹木希林)と他愛もない四方山話に話を咲かせつつ、融通の利かない父親に頭を悩ませている。
そして、次男の妻(夏川結衣)は、子連れ結婚だった自分を両親に認めてもらおうと努力している。薄皮一枚隔てたビミョーな人間関係が、是枝裕和の隅々まで神経が行き届いた演出によって提示される。
それにしても何なのだ、この既視感。どこかで見たような風景、どこかで聞いたような会話。YOUみたいな耳年増の叔母さんって絶対いるし。
とうもろこしの天婦羅、四角型の電気傘、玄関にある懐中電灯、風呂場の手すり、「ブルー・ライト・ヨコハマ」のレコードといったひとつひとつの小道具も、日常生活のリアリティーをきっちり確保。
そんなディティールの積み重ねが、何のヘンテツもない「あるある」感を増幅させて、僕らの記憶を揺り動かすのだ。
しかし、その「あるある感」はあくまで幼少の頃の記憶。今この時代にホームドラマを作るということは、「止まった時計の針を巻き戻す」作業なのかもしれない。事実、この一家の時間は、長男が子供を助けようとして溺れて死んだ15年前から止まっている。
医院を廃業しても、誰も来ない診察室に閉じこもりっきりの父親。蝶々を長男だと思い込んで追いかけようとする母親。昔の思い出のなかでひっそりと生き続けている両親の元に、次男は足を運ぶのをためらう。医院を引き継ぐこともなく、逃げるようにして彼は家を離れた人間だからだ。
次男は映画の終幕近く、「いつも、ちょっとだけ間に合わないんだよな」とつぶやく。この映画は、絶滅危惧種指定されたホームドラマという枠内のなかで、それぞれが違う時間のなかを生きている家族のすれ違いを、冷徹なまでに丁寧に描いたドラマだ。
孝行したいときに親は無し!今のうちに親孝行しましょう。
- 製作年/2008年
- 製作国/日本
- 上映時間/114分
- 監督/是枝裕和
- 原作/是枝裕和
- 脚本/是枝裕和
- 企画/安田匡裕
- 撮影/山崎裕
- 美術/磯見俊裕、三ツ松けいこ
- 衣裳/黒澤和子
- 編集/是枝裕和
- 音楽/ゴンチチ
- 照明/尾下栄治
- 録音/弦巻裕、大竹修二
- 阿部寛
- 夏川結衣
- YOU
- 高橋和也
- 田中祥平
- 寺島進
- 加藤治子
- 樹木希林
- 原田芳雄
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