2026/4/4

『そして父になる』(2013)徹底解説|天下の福山雅治をオモチャにする、スター解体のカタルシス

『そして父になる』(2013年/是枝裕和)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー

10段階評価
8 GOOD
概要

『そして父になる』は、是枝裕和が監督・脚本・編集を務めたヒューマンドラマ。大手建設会社で働く野々宮良多と妻のみどりのもとに、6歳になる息子の慶多が出生時に群馬県の病院で取り違えられた別の子どもだったという連絡が入る。実の子である琉晴を育ててきた斎木雄大・ゆかり夫婦と対面した野々宮夫婦は、子どもたちを本来の親元へ「交換」するための交流を開始する。瀧本幹也の静謐なカメラワークとバッハのピアノ曲が流れる中、エリート主義の良多が、対照的な環境で育った琉晴との同居生活や、手放した慶多への募る思いを通して、これまでの自身の生き方や父親としてのあり方に直面する。

目次

完全無欠のモテ男が演じる、近年稀に見る「嫌な奴」の崩壊

天下の福山雅治が、世界的名匠・是枝裕和の映画に出演する。いったいどんなモテ男を演じるのか?と斜に構えて観ていたら、驚くべきことに、他人の意見にはいっさい耳を傾けない唯我独尊キャラ。近年稀にみるレベルの嫌な奴だったのである。

最初この企画を是枝監督から渡された際、福山は「僕は父親には見えないと思いますが、いいんですか?」と不安げに尋ねたという。それに対する是枝の返事はズバリ、「父親らしくないから、いいんです」。

そのスマートな立ち振る舞いと美しすぎる容姿ゆえに、福山雅治はドラマ『ガリレオ』の変人・湯川教授のごとく、常に突き抜けた天才や完璧な男を演じることを宿命づけられてきた。

ガリレオ
フジテレビ

本作の主人公・野々宮良多役も、一流の建築事務所に勤める超エリート。やることなすこと全てに自信が満ちあふれ、それゆえに自分より能力の劣る相手を無意識のうちに完全に見下してしまうという、最高に鼻持ちならない奴なのだ。

物語は、6年間育ててきた愛する息子が、実は病院で取り違えられた他人の子供だったという衝撃の事実から幕を開ける。「血のつながった子供をとるか、過ごした時間をとるか」という究極の選択を迫られる中で、この傲慢なエリート男の鼻っ柱が、少しずつ、しかし完膚なきまでにへし折られていく。

スター福山雅治のパブリックイメージを逆手にとり、彼が徹底的に無様にもがき苦しみ、そこから父親になる自覚を得ていくプロセス。こんなキャラ設定を用意した是枝監督の意地悪な手腕は、マジで秀逸すぎ。

テントとデジカメが暴く家族の嘘と真実

是枝映画の特徴といえば、ドキュメンタリー出身ならではの節度のある抑制の効いた語り口。その端正な筆致は、赤ん坊の取り違えというヘヴィーなテーマを扱った本作でも、見事に踏襲されている。

しかし、前年の2012年にテレビドラマ『ゴーイング マイ ホーム』を手がけた経験が活きているのか、あるいはフジテレビという巨大な大衆資本がバックについているからか、この映画には是枝作品としては異色なほどベタなエンタメ性に満ち溢れている。

ゴーイング マイ ホーム
フジテレビ

相手方の斎木家の夫婦(リリー・フランキー、真木よう子)が遅刻するたびに分かりやすい同じ言い訳をするだとか、ピアノの発表会でチューリップすら満足に弾けない息子の次に、物凄いタッチで難曲を弾き狂う少女が出てくるだとか。

個人的に爆笑したのは、エリート福山がギターを機関銃に見立てて子供たちとリビングで激しく応戦するシーン。ここまでベタな面白さをストレートに画面に叩きつけることは、過去の是枝作品には絶対になかったことだ。

さらに特筆すべきは、映画最大の山場。家出した息子を探す中で、デジカメの履歴をチェックしていた福山雅治が、「自分自身が寝ている姿を、息子がこっそり撮っていたこと」に気づいて号泣する。

ベタベタな感傷性に満ちたお約束の演出。最初是枝監督は、説明的でダサすぎるとしてカットする気満々だったらしい。だが、福山やリリー・フランキーら出演者からの提案を採用して、復活させたのだという。『そして父になる』は、あえて通俗的な演出を許容し、物語にぶち込むことによって、映画としての大衆性を勝ち得ている。

もちろん、物語を極力セリフに頼らず映像的暗喩”語ろうとする鋭い是枝節も健在。見知らぬ息子を迎えて最初はギクシャクしつつも、なんとか本当の家族に近づこうと奮闘する様子を、是枝は「高層マンションの狭いリビングルームに、キャンプ用のテントを張る」というワンカットで完璧に提示してしまう。

キャンプにも行ったことがない野々宮家にとって、テントを張る行為は「家族がひとつになる」ことの象徴。だが、その本来なら大自然の土の上に張るべきテントを、あえて空中に浮かぶ人工的な高層マンションの一室に押し込めることによって、彼らが必死に疑似家族のふりを演じている虚構性・人工性が残酷なまでに浮き彫りになる。

この空間演出の凄まじさには、ただただ平伏すしかない。

真木よう子のウィンクと、福山雅治の映画プロジェクトへの期待

基本的には福山視点で物語は進行していくものの、要所で子供視点からの描写もぬかりなくインサートされているのが、この映画の憎いところである。

見知らぬ他人の家(野々宮家)に突然放り込まれた、慶多少年のヒリヒリするような戸惑い。そして少しずつ、ガサツだけど温かい斎木家の家族たちに心を通わせていく様子が、見事に描出されている。

僕が個人的に完全にヤラれてしまったのが、真木よう子のウィンクだ。彼女が慶多少年だけにこっそり向けたあの極上のウィンクは、「大人はみんな嘘をついているけど、私はあなたの本当の気持ちをきちんと見ているわよ」という、軽やかな意思表明。

二人だけしか知り得ない、共犯関係の成立。あんな色気ダダ漏れ美人ママに目の前でウィンクされたら、大概のオトコノコは一発でノックアウトされますわな!

別冊月刊真木よう子
藤代冥砂

フジテレビという巨大資本がバックにつくことで製作資金と宣伝費が潤沢に用意され、是枝裕和という世界的な作家が手がけたことで芸術的な完成度が極限まで高まり、おまけにスター福山雅治の引力で観客もアホみたいにたくさん入っちゃう。批評的にも興行的にもこれほど申し分ないパーフェクトな邦画って、実は日本映画の歴史を見渡しても案外少ないのではないか。

もうこうなったら、誰か金持ちのプロデューサーが「福山雅治の映画プロジェクト」を正式に立ち上げて、日本の才能ある映画監督たちにどんどん「福山主演映画」を作って頂きたい。

完璧なスターのパブリックイメージを監督たちがよってたかって解体し、オモチャにする。そうすりゃ財政面も興行面もある程度見込めるセーフティネットがあるだけに、監督たちは普段はできないような超チャレンジングで狂った企画にも、ガンガン挑めるはず。

『そして父になる』は、そんな日本映画の明るい未来のビジネスモデルすら提示してくれた、偉大なるマイルストーンなのだ。

是枝裕和 監督作品レビュー