あっちは西部劇でこっちはサスペンスだし、あっちはラッセル・クロウ主演でこっちはフィリップ・シーモア・ホフマンだし、あっちはオヤツ時でこっちは早朝だし、あっちはジェームズ・マンゴールド監督でこっちはシドニー・ルメットだし。
そう!小生が敬愛してやまない巨匠シドニー・ルメットが、齢80を過ぎて発表したのが本作なんであります。
『十二人の怒れる男』(1957年)、『セルピコ』(1973年)、『オリエント急行殺人事件』(1974年)、『狼たちの午後』(1975年)など、その諸作はマスターピースのオンパレード。
アメリカ社会の不条理を、冷徹な視点&骨太な演出で描き出してきたルメットだったが、正直言って90年代以降は、自らのキャリアに傷をつけててしまうくらいに凡作の嵐。実質的に彼の監督人生は終焉を迎えたものだと思い込んでいた。
しかし、『その土曜日、7時58分』を観てたまげた。冒頭から、フィリップ・シーモア・ホフマンとマリサ・トメイのバックファック・シーンをインサート。
時制をずらしながら事件の顛末を語るという、フラッシュバック型サスペンス形式で話を転がし、全体的にホワイトを基調とした明度の高い映像設計を施すなど、若々しさを取り戻したというよりは、老人力を遺憾なく発揮した演出がはりめぐされているんである。
もちろん今となっては、フラッシュバック型サスペンス形式なんぞたいして珍しくもない手法なんだが、さすがルメットとうなってしまうほどにワンカット、ワンカットの充実度が生半可ではない。
アクロバティックなカット割りに淫することなく、バシっとフィックスの構図で画面を引き締めているのも、なまじっかの若手監督の追随を許さない重厚な絵作りだ。
語り口はアップデートされているものの、モチーフは相変わらずルメット印。彼は、登場人物を極限状況にまで追い込んで行く、四面楚歌シチュエーション好き映画監督である。
『セルピコ』は、理想に燃える若い警察官が、腐敗しきったニューヨーク市警内の汚職と闘い、内にも外も敵だらけになってしまうという物語だったし、『狼たちの午後』は、銀行強盗に押し入った男が、瞬く間に警察に囲まれ、脱出不能の状況に陥る物語だった。
『その土曜日、7時58分』も、借金過多で首が回らなくなったフィリップ・シーモア・ホフマンとイーサン・ホークの兄弟が(この二人を兄弟としてキャスティングするセンスもすごい)、実家の宝石店強盗を企てるが誤って実母を殺害してしまうという、最悪の状況がさらに最悪な状況を呼び込むストーリー。
地盤沈下のように、家族がゆっくりと崩壊していくプロセスを、ルメットは達観しきった視座で描き出す。
名実共にスターであるにも関わらず、イケてないテンパリ役を好んで演じるイーサン・ホーク、ブツブツ低音ボイスで相変わらずの冷静沈着芝居をみせつけるフィリップ・シーモア・ホフマンもイイが、40過ぎても美巨乳を惜しげもなくさらし、人生に疲れた中年女性を演じるマリサ・トメイに小生驚愕。
いやーこんなヒトが義理のお姉さんだったら、僕も一線超えちゃいますね。『いとこのビニー』(1992年)から密かにファンだったが、『レスラー』(2008年)といい本作といい、彼女は第二の黄金期を迎えているのではないか。
このトシになって脱ぎまくっている女優根性に敬意を表します。
- 原題/Before the Devil Knows You’re Dead
- 製作年/2007年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/117分
- 監督/シドニー・ルメット
- 製作総指揮/デヴィッド・バーグスタイン、ジェーン・バークレイ、ハンナ・リーダー、エリ・クライン、ジェフリー・メルニック、J・J・ホフマン、ベル・アヴェリー、サム・ザハリス
- 製作/マイケル・セレンジー、ブライアン・リンス、ポール・パーマー、ウィリアム・S・ギルモア
- 脚本/ケリー・マスターソン
- 音楽/カーター・バーウェル
- 撮影/ロン・フォーチュナト
- 編集/トム・スウォートウート
- フィリップ・シーモア・ホフマン
- イーサン・ホーク
- マリサ・トメイ
- アルバート・フィニー
- ブライアン・F・オバーン
- ローズマリー・ハリス
- マイケル・シャノン
- エイミー・ライアン
- サラ・リヴィングストン
- アレクサ・パラディノ
最近のコメント