ビル・マーレーが“現代の青ひげ”を体現する、哀愁たっぷり系ロード・ムービー
人気刑事ドラマ『特捜刑事マイアミ・バイス』(1984〜1989年)で一躍名を馳せた二枚目スター、ドン・ジョンソン。体育会系正義感と能天気なイノセンスを体現しうる、陽気なマッチョ・ガイである。
そしてこの『ブロークン・フラワーズ』(2005年)で、数多くの女性と浮き名を流した中年プレイボーイ“ドン・ジョンストン”を演じるのは、ビル・マーレー。シニカルな視座と諦観しきった表情で、今や演技派としての貫禄も充分な脱力系オヤジである。
実は、1950年生まれの同い年であるビル・マーレーとドン・ジョンソン。どう考えてもキャラとしては真反対。片方は文化系オモシロおじさんで、もう片方は体育会系ワイルドおじさんだ。
だからこそ映画では、女性たちが彼のルックスと名前のギャップに苦笑するシーンが出てくる訳だが、確かに見るからに風采のあがらない中年オヤジであるビル・マーレーが、「現代の青ひげ」という設定は意外な気がする。
しかし、かといってドン・ジョンソン自身が“ドン・ジョンストン”を演じていたならば、これはさらに深刻な問題になるのである。この作品はちっともオフビートな映画にならないだろうし、ちっともチャーミングな映画にならなくなってしまう。
『ブロークン・フラワーズ』におけるドン・ジョンストンの最も重要な所作とは、自分の過去と対峙しながら、それをしっかりと受け止めきれない男の狼狽であり、苛立ちであり、諦めであり、もっと端的に言ってしまえばダメさ加減なのである。
はからずも過去に交際した女性たちの元へ訪ね歩かねばならなくなった、“巻き込まれ型男の悲哀”というファクターこそが、本作のキーなのだ。
おそらく、脳みそも筋肉で出来ているに違いないドン・ジョンソン氏が主役を演じてしまったならば、全編がピンク色に覆われた、“肉食系ウーマン・ハント・ストーリー”に埋没してしまうおそれがあるんである。
20年ぶりに再会したシャロン・ストーンとベッド・インしてしまったビル・マーレーの眼に、明らかに狼狽という二文字が焼き付いていることに、我々は刮目すべきだ。それは、安々とセックスにまで持ち込めてしまったことへの困惑ではなく、20年という歳月の隔たりに対応できない、中年男の無様な醜態なんである。
ドン・ジョンストンはこれからもおそらく、無表情に、仏頂面で世界と対峙し続けるんだろう。ジャージ姿で、珍妙なエチオピアン・ジャズを聴きながら。その姿はちょいダサ親父ではあるが、その背中には哀愁がたっぷり貼り付いている。
うーん、やっぱビル・マーレーっていい役者だなあ。家帰って『ゴースト・バスターズ』見直そうっと。
- 原題/Broken Flowers
- 製作年/2005年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/106分
- 監督/ジム・ジャームッシュ
- 脚本/ジム・ジャームッシュ
- 製作/ジョン・キリク、ステイシー・スミス
- 撮影/フレデリック・エルムズ
- 美術/マーク・フリードバーグ
- 音楽/ムラトゥ・アスタトゥケ
- 衣装/ジョン・A・ダン
- ビル・マーレイ
- ジェフリー・ライト
- シャロン・ストーン
- ジェシカ・ラング
- フランシス・コンロイ
- ジュリー・デルピー
- クロエ・セヴィニー
- アレクシス・ジーナ
- マーク・ウェバー
- ティルダ・スウィントン
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