『羊たちの沈黙』の正統的続編にして超鬼畜なスプラッター・ムービー
果たしてこんなことが許されていいのか!?アカデミー賞主要五部門を獲得した映画の続編『ハンニバル』(2001年)が、正視に耐えられないくらい残虐描写オンパレードの、超鬼畜スプラッター・ムービーである、という事実を。
確かに『羊たちの沈黙』(1991年)は、連続猟奇殺人事件を扱ったサイコ・スリラーだったが、監督ジョナサン・デミは、俳優のクローズアップを多用し、短いダイアローグ・短いショットの積み重ねによって、あくまで登場人物の心理的葛藤をスクリーンに描き出そうとしていた。『羊たちの沈黙』は何よりもまず、心理劇として認知すべき作品だったんである。
しかし、『ハンニバル』の演出を手掛けたリドリー・スコットは、美の正統的具現者にして、生粋のビジュアリスト。レクター博士とクラリスの緊張感溢れる心理戦はそぎ落とされ、’70年代のイタリアン・スプラッターのようなダークサイド・アートが全編を貫く、不穏極まりない映画にリ・ボーンした。
「腹を空かせた大量のブタが人間に食らいつく」といったような、グロの極北のような猟奇シーンがこともなげにインサートされており、心臓の弱い紳士淑女の方は卒倒されること必至である。
心理劇の要素が極端に削られた結果、レクター博士とFBI捜査官クラリスの関係も激変。『羊たちの沈黙』では、奇妙な連帯感によって恋ともつかないほのかな感情がお互いに芽生えていた。
しかし、クラリス役がジョディ・フォスターから、はるかに成熟された「性」を感じさせるジュリアン・ムーアに交替された結果、二人の“心地いい曖昧さ”が剥奪され、よりはっきりとした恋愛関係が打ち出される。まるで二流のソープドラマのごとく。
そもそも、レクター博士のキャラクター自体にも大きな転移がみてとれる。人肉をバクバク食すという、甚だ困ったカニバリズム嗜好を有するこの精神異常者は、『ハンニバル』では貴族的雰囲気と高い教養と併せ持つヒーローに生まれ変わった。
まるで高級の赤ワインを嗜むように生き血をすすり、絶品のフォアグラを愉しむがごとく殺害した人間の臓器を口に運ぶ。エレガントな身のこなしと、ウィットにとんだユーモア。ハンニバル・レクターもまた、病める時代のアイコンとしてリ・ボーンしたんである。
ハンニバル・レクターという飛び道具的キャラクターと、リドリー・スコットの絵画的な幻視力だけで強引に乗り切ってしまった『ハンニバル』は、 ストーリー不在の映画である。とりあえずは、ハンニバル・レクターの華麗なプロモーション・ビデオというスタンスで観るのが、一番の鑑賞法のようだ。
- 原題/Hannibal
- 製作年/2001年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/131分
- 監督/リドリー・スコット
- 脚本/リドリー・スコット
- 製作/ディノ・デ・ラウレンティス、マーサ・デ・ラウレンティス
- 製作総指揮/ブランコ・ラスティグ
- 原作/トマス・ハリス
- 脚本/デヴィッド・マメット、スティーヴン・ザイリアン
- 撮影/ジョン・マシーソン
- 音楽/ハンス・ジマー
- アンソニー・ホプキンス
- ジュリアン・ムーア
- ゲーリー・オールドマン
- レイ・リオッタ
- ジャンカルロ・ジャンニーニ
- フランチェスカ・ネリ
- フランキー・フェイソン
- イヴァノ・マレスコッティ
- ヘイゼル・グッドマン
- ジェリコ・イヴァネク
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