アメリカ人共通の記憶ベースボールをモチーフにした、普遍的な自己回復の物語
僕はある日「If you build it, she will come(それを作れば彼女がやってくる)」という天の声を聞き、「ホームページを作れば、イケてない俺でも彼女ができるのか!」と解釈して、拙いWebの知識を総結集して本サイトを作り上げた訳だが、今に至るまでその成果は報われていないようである。時として神は下々の民に罪な事をされるものだ。
しかし『フィールド・オブ・ドリームス』(1989年)の主人公レイ・キンセラ(ケビン・コスナー)は、「If you build it, he will come(それを作れば彼がやってくる)」という天啓を耳にして、生活の糧であるトウモロコシ畑を切り崩し野球場を建てるや、八百長事件で球界を追放された“悲運のプレイヤー”ジョー・ジャクソンが幽界より現われ、スピリチュアルな体験を果たすことになる。
本作はベースボールをモチーフにした、自己回復の物語だ。ラストシーンを飾るのは、絶縁状態のまま死別した父親と息子とのキャッチボールという場面なのだが、おそらくこれは最大公約数の中産階級アメリカ父子にとって、極めてオーソドックスなコミュニケーションである。
不特定大多数のアメリカ人に普遍的な自己回復の物語を伝えようとするならば、そのモチーフに野球ほどうってつけのものはない。
ジェームズ・アール・ジョーンズ演じる作家テレンス・マンは、ケビン・コスナーにこう語りかける。
昔から変わらないのは野球だけだ。
アメリカは驀進してきた…壊しては造り、また壊しながらだ。
だが野球を時をこえて残った。
ベースボールとはアメリカ人共通の記憶であり、古き良き伝統であり、そしてイノセンスの象徴。そのイノセンスを体現するのが、八百長事件で野球界に汚点を残した(とされる)ジョー・ジャクソンというのがアイロニカルなトコロである。
何でも劇中に登場する野球場は撮影終了後も保存され、誰もが自由に野球をすることがオッケーだったそうだ。この映画に魅入られた人々は、自分の中に潜む「子供の頃の記憶」を呼び覚ますために野球場に出かけ、自分自身を補完したことだろう。
まるで『新世紀エヴァンゲリオン』に魅入られた人々が、庵野秀明によってプログラムされた仮構世界と己自身を重ね合わせて補完したがごとく。
きっとアメリカ人の誰しもが、自分はシューレス・ジョーが見える人間であることを証明したいのだ。『フィールド・オブ・ドリームス』は、ケビン・コスナーだけではなく、観客一人一人の自己回復をも促す構造を有している。
個人的に、ちょっとそれってサギっぽいと思ってしまうんだけど。
- 原題/Field of Dreams
- 製作年/1989年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/107分
- 監督/フィル・アルデン・ロビンソン
- 製作総指揮/ブライアン・フランキッシュ
- 製作/ローレンス・ゴードン、チャールズ・ゴードン
- 脚本/フィル・アルデン・ロビンソン
- 原作/W・P・キンセラ
- 撮影/ジョン・リンドレイ
- 美術/デニス・ガスナー
- 音楽/ジェームズ・ホーナー
- 衣装/リンダ・バス
- ケヴィン・コスナー
- エイミー・マディガン
- ジェームズ・アール・ジョーンズ
- バート・ランカスター
- ギャビー・ホフマン
- レイ・リオッタ
- ティモシー・バスフィールド
- フランク・ウェイリー
- ドワイヤー・ブラウン
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