【思いっきりネタをばらしているので、未見の方はご注意ください。】
押井守は、さるインタビューで
東京の埋め立て地に行ったとき、これはもう吹っ飛ばすしかないと思った
と語っている。記憶のなかにある愛おしい風景が次々に消滅し、見たこともない風景が立ち上ってくるという感覚。
東京に対する激しい憎悪は、やがて『機動警察パトレイバー THE MOVIE』における「忘れ去られた東京の風景が、現代に復讐を果たす」という主題に直結し、さらに『機動警察パトレイバー2』では、武装ヘリが首都を爆撃するテロリズムにまで転化した。
押井守とほぼ同世代である黒沢清も、似たような問題意識を共有しているんだろうが、同じモチーフを扱っても、彼の手にかかればホラームービーとして昇華される。
湾岸地区の精神病棟に隔離された女性が、誰にも顧みられることなく孤独死を遂げたあとも、自身の存在が忘却されることの憎悪から、幽霊となって人類に復讐を果たす物語。「忘れ去られるものが、忘れ去るものに対して、強烈な鉄槌を食らわせる」という構造は全く一緒だ。
何よりも観客の心胆を寒からしめるのは、もはやショウビズの世界では、“忘れ去られた存在”に近い葉月里緒奈が、赤いドレスに身を包んだ幽霊役に扮して、まばたきひとつせずに“忘れ去られることの恐怖”を、ヴィヴィッドに訴えかけるシーンである。
主題をテクストとして語るという、ややもすれば理に落ちる演出をしてしまう押井守と違い、黒沢清はあくまで“恐怖”という皮膚感覚を観客に共有させる。『パト2』で武装ヘリを首都攻撃させるよりも、はるかに浸透力があるわな。
しかもこの葉月ゴースト里緒奈、『リング』の中田秀夫が描くスタティックな佇まいの幽霊と比べて、極めてアクロバティックなのだ。
高速移動や直滑降はお手のものだし、アパートから飛び降りたと思いきや、サイヤ人ばりに飛行して去って行くという驚異的な芸当を見せつけるのである!
色を失ったかのごとくグレーがかった空に、赤いドレスをまとった葉月里緒奈が消えて行くこのシーンは、ビジュアル表現としてただただ感動。このワンシーンを撮るがために、黒沢清は本作を撮り上げたんではないか?と思うほどだ。
もちろんその他にも、中村育二がビルの屋上から飛び降りるのをワンカットで捉えたシーン、フェリーから廃墟を眺めるシーン、役所広司を優しく腕に抱いた小西真奈美が、こちら側(観客側)に顔を向けるシーンなど、映像的な愉悦に満ちたショットが『叫』には満載。
映画のコンテクストよりも、まず映像としての強度に喜びを見いだし、戯れること。それが映画というものだろう。
- 製作年/2007年
- 製作国/日本
- 上映時間/104分
- 監督/黒沢清
- 脚本/黒沢清
- エグゼクティブ・プロデューサー/濱名一哉、小谷靖、千葉龍平
- プロデューサー/一瀬隆重
- アソシエイト・プロデューサー/東信弘、木藤幸江、剱持嘉一
- 撮影/芦澤明子
- 照明/市川徳充
- 録音/小松将人
- 美術/安宅紀史
- 装飾/須坂文昭
- 音楽プロデューサー/慶田次徳
- 編集/高橋信之
- 音楽/配島邦明
- 役所広司
- 小西真奈美
- 葉月里緒奈
- 伊原剛志
- オダギリジョー
- 加瀬亮
- 平山広行
- 奥貫薫
- 野村宏伸
- 中村育二
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