戒厳令/吉田喜重

あの頃映画 松竹DVDコレクション 戒厳令

「昭和維新断行・尊皇討奸」を掲げた青年将校たちが、政治腐敗した日本を救わんと、1483名の仲間と共に決起。財閥・重臣・官僚閥を次々に誅伐した、昭和史に残る未曾有のクーデター。

二・二六事件をモチーフにした映画『戒厳令』は、「日本改造法案大綱」で青年の将校のカリスマとなった北一輝が、己の産み出した思想そのものに否応無く巻き込まれ、破滅していく物語だ。

日本改造法案大綱 (中公文庫)

しかしこの映画、特に政治的でもなければ、イデオロギッシュな訳でもない。むしろ明晰な解答を与えないまま、どこか空漠としたインテリ層、軍人たちの心理を覗き込もうとする。

三國連太郎演じる北一輝が銀行に訪れると、タイプライターを打っている女史銀行員が「この器械は囁くことはできても、叫ぶことはできません」と謎のセリフをのたまうシーンがあるのだが、アレゴリカルすぎて小生には何が何だかさっぱり分かりません。吉田喜重は自立した映画であるよりも、観客との対話によって変容する映画を指向するのだ。

心理を覗き込もうとする行為は、映像表現的にも顕著。近景と遠景が同時に映り込むことによって生じる“覗き見”的空間を、この映画では徹底的に貫いている。

極端にコントラストが高いブラック&ホワイトのイマージュ、水平・垂直方向の直線物を配置したソリッドな構図、仰角・俯角を大胆に取り入れたカメラ・ポジション。

歪められた空間が圧迫されたある種の心理を表象し、不安感を掻き立てる。観ている我々までもが、戒厳令下であるかのごとく緊張感を強いられてしまうのだ。

北一輝は、「戒厳令は人々に秩序を与えるのではない。ただ人々の無秩序のなかにある秩序を見いだすのだ」と熱に浮かされたように語る。要は天皇という父権を復興せんがための「大きな物語」の回復だ。

父の不在によって行き場を失い彷徨っていた青年将校たちは革命に殉じ、「我が内なる戒厳令」を施行しようとする。

個人個人の意思によって、「我が内なる戒厳令」が施行されることを主張する北自身は、クーデターによって現前化させることを、最後まで躊躇う。

しかしながら北一輝は結局、軍法会議で二・二六事件の理論的首謀者とみなされ、銃殺刑に処される。自分が創りだした思想によって、身を滅ぼすことになる皮肉。

「最後に天皇万歳と叫びますか?」と執行人に聞かれた北が、「私は死ぬ前に冗談は言わないことにしている」と答えるセリフには、アナーキーな感覚すら感じさせる。

DATA
  • 製作年/1973年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/110分
STAFF
  • 監督/吉田喜重
  • 製作/岡田茉莉子、上野昂志、葛井欣士郎
  • 脚本/別役実
  • 企画/吉田喜重、葛井欣士郎
  • 撮影/長谷川元吉
  • 音楽/一柳慧
  • 美術/内藤昭
  • 編集/岡芳材
  • 録音/久保田幸雄
  • 照明/中岡源権
CAST
  • 三國連太郎
  • 松村康世
  • 三宅康夫
  • 倉野章子
  • 菅野忠彦
  • 飯沼慧
  • 内藤武敏
  • 今福正雄
  • 辻萬長
  • 八木昌子

アーカイブ

メタ情報

最近の投稿

最近のコメント

カテゴリー