日常に非日常がじわじわと浸食してくる、回避不能なシチュエーション
YMOの後期を代表する名曲『Cue』で、高橋幸宏は「Must be a way to get out of this cul-de-sac」と鼻にかかった英語で歌っていたが、この「cul-de-sac」ってフランス語で「袋小路」という意味だったんだね。
和訳すれば「この袋小路から抜け出さなきゃ!」。ベルリン映画祭グランプリ、ベネチア映画祭国際批評家賞を受賞したロマン・ポランスキーの長篇3作目となる『袋小路』(1965年)は、まさに男女のcul-de-sacをシニカルに描いた、ブラックコメディーである。
ポランスキーの処女作『水の中のナイフ』(1962年)は、他者が侵入することによって夫婦の関係が崩壊してく過程を、ヨットという限定された空間で描出していた。
『袋小路』でも、満潮時には外界と遮断される孤島を舞台に、突然の闖入者の登場によって夫婦関係が変化していく様子を描いている。つまり処女作と同工異曲な映画なのだ。
しかし、ひとたびヨットから抜け出せば平穏無事な日常が回復する『水の中のナイフ』と異なり、『袋小路』では日常に非日常がじわじわと浸食してくるという、回避不能なシチュエーション。
見るからに凶悪そうな強面男のライオネル・スタンダーが、いったいどのような犯罪を犯したのか、なぜ左腕を負傷する事態に陥ったのか、状況説明はいっさいナシ。
観客に緊張と弛緩を強いる状況だけを提示してドラマを転がせて行く手法は、もはやシュールですらある。盟友クリストファー・コメダによるジャジィなラウンジ・ミュージックをBGMに、広角レンズを効果的に使って鬱屈とした密室感を醸し出すポランスキーの演出も、才気が漲りまくり。
冒頭から女装姿を披露するわ、ガキにマジギレするわ、でも浮気しまくりの女房には何も言えないわで、情けないことこのうえない(でもどこか憎めない)神経症的キャラを、ドナルド・プレザンスが怪演。メガネにスキンヘッドという異様な容貌もナイス。特に後半部分、彼が心身ともに壊れて行く様は映画の主題とも完全にリンクしている。
そのフランス人女房役を演じたフランソワーズ・ドルレアックは、カトリーヌ・ドヌーヴの実のお姉さん。この映画が公開された翌年、交通事故により享年25歳という若さでこの世を去ったというのは、まさに美人薄命。
この映画における弾けるような生命力が、今観ると逆に物悲しくなってしまう。
- 原題/Cul-de-sac
- 製作年/1965年
- 製作国/イギリス
- 上映時間/111分
- 監督/ロマン・ポランスキー
- 脚本/ロマン・ポランスキー、ジェラール・ブラッシュ
- 撮影/ギル・テイラー
- 音楽/クリストファー・コメダ
- 美術/ヴォイテク・ロマン
- ドナルド・プレザンス
- フランソワーズ・ドルレアック
- ライオネル・スタンダー
- ジャクリーン・ビセット
- ジャック・マッゴーラン
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