ビリー・ワイルダーの職人芸を堪能すべき、ロマンチック・コメディーの金字塔
軽妙洒脱、文質彬彬。ソフィスティケート・ロマンチック・コメディーとして、『アパートの鍵貸します』(1960年)は古典的作品としての地位を築いている。だが考えてみると、ストーリーは王道のコメディーとは言い難い。
しがないサラリーマンのジャック・レモンは、自分の部屋の鍵を上司に渡して、秘密の情事の場所を提供し、出世への点数稼ぎに余念がない。
彼は密かに、シャーリー・マクレーン演じるエレベーターガールに恋心を抱いているが、彼女は会社の上司との不倫関係に苦しみ、睡眠薬を大量に飲んで自殺を図る…。
うーむ、お先真っ暗なお話である。このような救いようのない話を爽快コメディーに仕立ててしまうのだから、ビリー・ワイルダーの職人芸には驚嘆するばかり。
ビリー・ワイルダーの演出もさることながら、主演の二人の演技がワンダフル。特にシャーリー・マクレーンはステキすぎ。どんなに深刻なシチュエーションでも、ストーリーがジメジメしないのは彼女のパーソナリティーに負うところ大。
決して美人ではない彼女が、この映画ではなんとキュートにみえることか。いわゆる美人女優(この時代でいえばイングリッド・バーグマンとかジョーン・フォンティーンとか)がこの役を演じていたら、ここまで軽やかなタッチにはならずに、昼間のソープドラマかと思うくらいドロドロ話で終わってしまっただろう。
同じワイルダーの『あなただけ今晩は』(1963年)や、ヒッチコックの『ハリーの災難』(1955年)などでも好演しているシャーリーだが、スクリーンで最も輝きを放っているのはこの作品と断言しよう(トシをとってすっかり意地悪バアサンみたいになってしまった今の彼女をみるのは、ファンとして悲しい)。映画にとって、キャスティングとは実に大切な作業なのである。
…何だか、「シャーリー・マクレーンが可愛い」と言っているだけのレビューになってしまっているので、もう少し細かいところも話します。
本質的には密室劇であるこの映画では、シナリオがスバラシイ。例えばシャーリー・マクレーンとジャック・レモンがトランプをしているシーン。彼女は昔秘書をやっていて、タイプは早かったがスペルの間違いが多かったという会話の中で「I can’t spell」(私は綴りが正しく書けないの)というセリフが出てくる。
またラストでも、彼女は遂に本当に自分が好きなのはジャック・レモンであると悟りるというシーンで「I can’t spell」(なぜそんな気持ちになったのかとても言葉では言い表せなわ)がまた登場する。何気ない一言が伏線となって、最後に微妙にその意味合いを変えて効果 を発揮する見事な脚本だ。
オーストリアから亡命し、最初はカタコトの英語しか話せなかったというビリー・ワイルダー。そんな彼がI・A・Lダイヤモンドと組んで、このようなシナリオをモノにするのだから、つくづくこの人には鋭敏なセンスが備わっていたのだと思わざるを得ない。あるいは英語のハンデがあったからこそ、ひとつの言葉・ひとつのセリフを大事にするようになったのか。
スパゲティの水切りに使うテニスラケットやヒビの入った手鏡、ピストルの発射音と勘違いするシャンペンの栓など、小道具もストーリー上のスパイスとして効いている。とにかく細部にまでこだわり抜いた爽快な作品。
- 原題/The Apartment
- 製作年/1960年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/125分
- 監督/ビリー・ワイルダー
- 脚本/ビリー・ワイルダー、I・A・Lダイヤモンド
- 撮影/ジョセフ・ラシェル
- 音楽/アドルフ・ドイッチェ
- 美術/アレクサンダー・トゥローナー
- セット/エドワード・G・ボイル
- 編集/ダニエル・マンデル
- 製作補/ドーン・ハリソン
- ジャック・レモン
- シャーリー・マクレーン
- フレッド・マクマレイ
- レイ・ウォルストン
- デヴィッド・ルイス
- ジャック・クラシェン
- ジョアン・ショーリー
- イーディー・アダムス
- ホープ・ホリディ
- ジョニー・セヴン
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