ロマン・ポランスキーのオブセッションが強烈に乗り移った、プライベート・フィルムのごとき生々しさ
オープニングで「for Sharon(シャロンに捧ぐ)」というクレジットがあるように、本作はロマン・ポランスキーの二番目の妻シャロン・テートに捧げられている。
イギリスの文豪トマス・ハーディによる文芸作品『テス』の映画化にあたって、本来タイトル・ロールのテス役は、誰しもが憧れる美貌と溌剌とした若さを兼ね備えた、シャロンが演じるはずだった。
しかし、カルト教団を率いるチャールズ・マンソンの命令によって、当時妊娠8ヶ月だった彼女は無惨に殺害され、ロマン・ポランスキーは内面に強烈な闇を抱えてしまうんである。
その後も、『チャイナタウン』(1974年)、『テナント/恐怖を借りた男』(1976年)といった作品を撮り続けてきたポランスキーだったが、’77年にジャック・ニコルソンの邸宅で13歳の少女をレイプするという事件を起こして、即逮捕。全くもってスキャンダラスな親父である(ちなみに少女は処女ではなかった)。
保釈中に映画の撮影と偽って国外に脱出、そのままフランスに移って市民権を獲得するが、その後一度も彼はアメリカの地に足を踏み入れていない。
『戦場のピアニスト』(2002年)でアカデミー賞監督賞にノミネートされたにもかかわらず、授賞式に出席しなかったのは、アメリカに入国すると逮捕される可能性があったからである。
国外逃亡したポランスキーは、恋人ナスターシャ・キンスキーをヨーロッパに呼び寄せて、念願の企画だった『テス』(1979年)の撮影を開始。ナスターシャも当時15歳だったというのだから、彼のロリコンぶりはハンパない。
まるで谷崎潤一郎の『痴人の愛』のごとく、ポランスキーは時間をかけて彼女を絶世の美女に仕立て上げ、かつて自分が愛した女性=シャロン・テートのイメージに重ねていったのだ。
その意味で、『テス』は恐るべきフィルムである。無垢な少女ナスターシャ・キンスキーを囲ったロリコン親父ロマン・ポランスキーが、死んだ妻が務めるはずだった役を彼女に演じさせるというのは、もはや死姦的行為。
だからこそ、その映像はまるでクロード・モネやエドガー・ドガに代表される印象派絵画のごとく、瑞々しさをたたえているが、どこか濃厚なエロスと死の匂いもたちこめている。
貧農の娘テスが親類の男にレイプされるというシーンを、果たして彼はどのような想いで描いたのか。映画内でナスターシャ・キンスキーが陵辱されるたび、彼の歪んだリビドーは強烈にかきたてられ、フィルムに異様な迫力を付与したんではないか。
現実の世界でシャロン・テートは惨殺されたのだから、そのアバターであるナスターシャも映画の中で死を迎えなければならない。果たして物語は、「テスは絞首刑に処された」という字幕で幕を閉じる。
トマス・ハーディの原作を忠実に映画化した作品であるにも関わらず、『テス』にはポランスキーのオブセッションが強烈に乗り移った、プライベート・フィルムのごとき生々しさが刻まれているのだ。
- 原題/Tess
- 製作年/1979年
- 製作国/フランス、イギリス
- 上映時間/171分
- 監督/ロマン・ポランスキー
- 製作/クロード・ベリ
- 製作総指揮/ピエール・グルンステイン
- 原作/トマス・ハーディ
- 脚本/ジェラール・ブラッシュ、ロマン・ポランスキー、ジョン・ブラウンジョン
- 撮影/ジェフリー・アンスワース、ギスラン・クロケ
- 音楽/フィリップ・サルド
- 美術/ジャック・ステファンズ、ピエール・ギュフロワ
- 編集/アラステア・マッキンタイア
- 衣装/アンソニー・パウエル
- ナスターシャ・キンスキー
- ピーター・ファース
- リー・ローソン
- ジョン・コリン
- デヴィッド・マーカム
- ローズマリー・マーティン
- リチャード・ピアソン
- キャロリン・ピックルズ
- パスカル・ド・ボワッソン
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