アイガー・サンクション/クリント・イーストウッド

アイガー・サンクション [DVD]

むせかえるような男根主義テイストで描くインポテンツ・ムービー

かつてイーストウッドは、ステルス戦闘機ミグ31の奪取を描いたスパイ・サスペンス映画と思いきや、突如ドッグ・ファイト山盛りのジェット機アクション・ムービーに変貌するという、『ファイヤーフォックス』(1982年)なる作品を上梓している。どうやらイーストウッド翁は、異なるジャンルをクロスオーバーさせる作品がお好きらしい。

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『ファイヤーフォックス』(クリント・イーストウッド)

この『アイガー・サンクション』(1975年)も、組織に雇われた殺し屋を描くスパイ映画と思いきや、中盤を過ぎると『クリフハンガー』(1993年)ばりの山岳アクションに変貌するという、予断を許さない仕上がりに。

原作では、マッチョなキャラクターを主人公に据えることによって、逆にジェンダー的偏見を否定せんとする目論見があったらしいが、イーストウッドが主演・監督を務める時点で、そんなもんはガン無視。

「登頂する=山を征服する」という事理明白なマッチョイズム行為を、むせかえるような男根主義テイストでえぐり出している。インディアンの聖なる山トーテム・ポールの頂上で、酒を喰らうイーストウッドとジョージ・ケネディを俯瞰で捉えたカットなんぞ、激しいセックスでオーガズムに達したあとのような、心地よい徒労感と達成感に満たされている。
もともと『アイガー・サンクション』の監督には、イーストウッドの師匠筋にあたるドン・シーゲルが打診されていたらしいんだが、この山頂の俯瞰撮影が困難であることを見抜き、やんわり断ったという。

お鉢が回ってきたイーストウッドは、自ら3週間の山岳トレーニングに励み、並々ならぬ決意でこの撮影に挑んだ。撮影二日目に、アドバイザーの登山家が命を落とすという最悪のアクシデントにも見舞われつつも、彼は男気溢れる現場統制力&収拾能力で、映画を撮り上げたのだ。

全編にわたってオトコ汁だしまくりだと、ひ弱で童貞気質の僕にはかなりキツいテイストなんだが、微妙に「老い」というイシューが隠し味として効いており、それが一種の緩和剤になっている。ほのかなペーソスが溢れているのだ。

齢70を過ぎても、30代・40代と全く違わぬ身体能力を示し続けてきたチャールズ・ブロンソンとは異なり、イーストウッドには老いに対して極めて自覚的。『ザ・シークレット・サービス』(1993年)しかり、『スペース・カウボーイ』(2000年)しかり。だからこそ、彼自身が出演する後期フィルモグラフィーは、なんともいえずチャーミングなのだ。

「40歳を過ぎて魔の山アイガー北壁に挑戦するのは無謀だ」と諭されながら、それでもハードなトレーニングを黙々と続ける、年寄りの冷や水的スタンス。

それは映画内の事象を、「フィクショナルなもの」として処理してしまうチャールズ・ブロンソンに対し、どうアクチュアルに対峙するかが、彼のテーマだからだろう。

事実、映画内でイーストウッドはアイガー北壁征服に失敗している。『アイガー・サンクション』は、俄然屹立する男根主義が老いによって惨めにも敗北する物語だ。これは初老を迎えたイーストウッドのED映画、インポテンツ・ムービーなんである。

DATA
  • 原題/The Eiger Sanction
  • 製作年/1975年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/123分
STAFF
  • 監督/クリント・イーストウッド
  • 脚本/ハル・ドレズナー、ウォーレン・B・マーフィ、ロッド・ウィテカー
  • 原作/トレヴェニアン
  • 製作総指揮/デヴィッド・ブラウン、リチャード・D・ザナック
  • 撮影/フランク・スタンリー
  • 編集/フェリス・ウェブスター
  • 音楽/ジョン・ウィリアムズ
CAST
  • クリント・イーストウッド
  • ジョージ・ケネディ
  • ヴォネッタ・マッギー
  • ジャック・キャシディ
  • ハイディ・ブルール
  • セイヤー・デヴィッド
  • ライナー・ショーン
  • マイケル・グリム
  • ジャン=ピエール・ベルナルド
  • ブレンダ・ヴィーナス
  • グレゴリー・ウォルコット

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