スパイ・サスペンス+山岳アクション映画の『アイガー・サンクション』、西部劇+幽霊映画の『ペイルライダー』、超能力+純愛映画の『ヒアアフター』etc。
イーストウッド33本目の監督作品『J・エドガー』もまた、アメリカの正義を振りかざした社会派映画と思いきや、実は真性ボーイズ・ラヴ映画だったという(しかも老人BL)、トンでもないクロスオーヴァー・ムービーである。
J・エドガーとは、アメリカ連邦捜査局(FBI)の初代長官ジョン・エドガー・フーヴァーのこと。任期期間は1924年から亡くなる1972年までというから、何と半世紀もの間、陰の実力者として君臨し続けてきたことになる。
実際のフーヴァーはイカついブルドッグのような強面で、いかにも粗暴な暴君キャラを想像してしまうが、映画では猜疑心が強くナイーヴで、露骨な人種差別主義者で、他人と握手するたび手を洗うほどの潔癖性で、極度なマザコンとして描かれている(&女装癖あり)。
ゲイの権利活動家ハーヴィー・ミルクの生涯を描いた映画『ミルク』で脚本を書き、自らもゲイであることをカミング・アウトしているダスティン・ランス・ブラックによるシナリオは、彼の秘められたセクシャリティーに鋭角の角度で斬り込んでいく。
つまりこの『J・エドガー』、FBI初代長官の“公人としての”超人的ライフを顕揚するのではなく、“私人としての”ダメ男インナースペースを描いた映画なんであり、だからこそタイトルが『フーヴァー』ではなく『J・エドガー』なんである。
フーヴァー(レオナルド・ディカプリオ)は、副長官のクライド・トルソン(アーミー・ハマー)と密やかなホモセクシュアル的友情を育んでいくが、その描かれ方は少女漫画のように甘酸っぱく、センチメンタルだ。
副長官就任を要請されたトルソンが、「ひとつ約束して欲しいことがある。毎日昼食か夕食を二人で食べよう」とフーヴァーにもちかけるシーンを例に挙げるまでもなく、真性BL映画として『J・エドガー』は美しいくらいに屹立している。
だが、個人的にはいくつか不満あり。まずは、BL映画に振り切ったぶん、社会派サスペンス映画としての強度が弱いこと。
中盤の山場であるリンドバーグ愛児誘拐事件にしても、あくまでFBIが強大な権力を担うきっかけとなったリンドバーグ法(複数州にまたがる事件は、自治体警察ではなくFBI管轄)が定められるまでの、説話上のフックとして機能するのみ。
トム・スターンによる暗く沈んだ映像が不穏な空気を醸し出して入るが、犯人としてハウプトマンが死刑判決を受けるまでのプロセスは、例えば『チェンジリング』におけるシリアル・キラーの死刑判決→死刑執行までの、異様なくらいに粘着的な演出に比べてしまうと淡白すぎる。
ディカプリオとアーミー・ハマーがそのまま老人役を演じる、というのもちょっとムリがありすぎ。特にアーミー・ハマーの老けメイクは、ほとんどジョージ・A・ロメロのゾンビ映画のごとき死人顔と化しており、真性BL映画としてのプラトニックな恋愛描出が、ヘタするとコントにしか見えなかったりする。
ディカプリオも的確な芝居で老人役をこなしてはいるが、個人的にはフィリップ・シーモア・ホフマンであったなら、青年~中年~老人までを違和感なく演じられたんでは、と思う次第。
だが、この映画の最大のウィーク・ポイントは、フラッシュバック形式の語りそのものにあると思う。映画を観ながら僕は「もともとややこしい男の話なのに、何で語りの形式もややこしくしとるんじゃ!ボケ!」と疑念を感じていたんだが、その謎は最後の最後で解き明かされる。
要は、自叙伝を書くために己の人生をライターに筆記させるという「現在」と、彼の口から語られる「過去」が交錯する、という構造になっているんだが、実はその過去が自分自身を美化するためのねつ造であったのだ。虚実入り乱れる構造そのものが、エドガーという人物そのものを表象しているんである。
…だがこれ自体は、ドラマの根幹を揺るがすような、衝撃的事実でも何でもない。観客はエドガーが「信用できない語り手」であることは先刻承知だし、自分の手柄にするためならば、ウソでも何でもつくような男であることは分かりきっている。
であるならば、オーソドックスに時系列で物語を綴ったほうが自伝映画として深度が増し、ひいては真性BL映画としての深度も増したんではないか?
イーストウッド映画が魅力的なのは、映画として全てが完璧に計算し尽くされているからではなく、どこかいびつで、異常なものが不意に表出してしまうことにある。
『J・エドガー』もまたいびつな映画だ。しかし今度ばかりは、その語りのいびつさが、物語のテーマとコンフリクトを起こしているように思えてしまうのである。
- 原題/J. Edgar
- 製作年/2011年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/ 137分
- 監督/クリント・イーストウッド
- 製作/ブライアン・グレイザー、ロバート・ロレンツ、クリント・イーストウッド
- 製作総指揮/ティム・ムーア、エリカ・ハギンズ
- 脚本/ダスティン・ランス・ブラック
- 撮影/トム・スターン
- プロダクションデザイン/ジェームズ・J・ムラカミ
- 衣装/デボラ・ホッパー
- 編集/ジョエル・コックス、ゲイリー・D・ローチ
- レオナルド・ディカプリオ
- ナオミ・ワッツ
- アーミー・ハマー
- ジョシュ・ルーカス
- ジュディ・デンチ
- エド・ウェストウィック
- デイモン・ヘリマン
- スティーヴン・ルート
- ジェフリー・ドノヴァン
- ケン・ハワード
- ジョシュ・ハミルトン
- ジェフリー・ピアソン
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