ハリソン・フォードが空回りする徒労感を愛でるべき、アンニュイ・サスペンス
いかにもカタブツの医師といった風情のハリソン・フォードが、異邦の地パリで妻を誘拐されて右往左往するという「絵」だけで、僕はこの『フランティック』(1988年)を密かに偏愛しているんである。ハリウッドを代表するドル箱スターでありながら、彼の背中には等身大の悲愴感と寂寥感が滲み出ている。
『インディ・ジョーンズ』シリーズや『スター・ウォーズ』のハン・ソロ役など、いかにもアメリカンライクなタフガイも演じているにも関わらず、僕の脳内レコーダーで再生されるのは、いつだって彼の困り顔。
未来世紀のフィルム・ノワールともいうべき『ブレードランナー』(1982年)のデッカード役でさえ、レプリカントの前では人間の肉体的脆弱さを露呈し、終始苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。
思うんだけど、ハリソン・フォードって周りを畏怖させてしまうような、圧倒的なカリスマの持ち主にはあまり見えない。
むしろ、ニュータウンのマンションで家族仲良く暮らしている、ちょっといいオトコ風のマイホームパパ的アクターなんではないか。宅麻伸的とでも言いましょうか、もしくは神田正輝的とでも言いましょうか。
だからこそ、エマニュエル・セイナー演じる奔放なパリっ子ギャルとのコントラストが鮮明になり、「ごく普通の慎ましい生活を送ってきた男が、見知らぬ土地で災難に見舞われる」というヒッチコック型巻き込まれサスペンスが、いきいきと駆動するのだ。
ハリソン・フォードは日の当たる世界によく馴染む、サニーサイド・アクター。そんな彼が、パリの地で闇の世界に足を踏み入れる。高級クラブでクリス・モンテスが歌うBGMをバックに、エマニュエル・セイナーと突然踊りだす場面は、サニーサイドとダークサイドが邂逅する瞬間でもあるのだ。
ちょっとデヴィッド・リンチ的な、アンニュイな雰囲気漂う奇妙なダンスシーンを、僕は偏愛せずにはいられない。
純粋なサスペンスとしてこの作品を捉えてしまうと、そうとう生ヌルい。英語を流暢に話すホテルのフロント係を捕まえなければ、異邦の地で何が起きているのかも分からない。
事態が遅々として解決しない緩慢さ、ハリソン・フォードが空回りする徒労感を愛でるべき映画なんであり、それこそが『フランティック』というフィルムの特権性なのだ。
どこか倦怠感と浮遊感がパッキングされているのは、故郷喪失者のロマン・ポランスキーだからこそなのかもしれないが。
- 原題/Frantic
- 製作年/1988年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/120分
- 監督/ロマン・ポランスキー
- 製作/トム・マウント、ティム・ハンプトン
- 脚本/ロマン・ポランスキー、ジェラール・ブラッシュ
- 撮影/ヴィトルド・ソボチンスキ
- 編集/サム・オスティーン
- 音楽/エンニオ・モリコーネ
- ハリソン・フォード
- エマニュエル・セイナー
- ベティ・バックリー
- ジョン・マホーニー
- アレクサンドラ・スチュワルト
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