ヴェネツィア金獅子賞を受賞した、義理と人情に溢れたハート・ウォーミング・ドラマ
北野武が、1994年にバイク事故を起こすまでに撮った『その男、凶暴につき』(1989年)、『3-4x10月』(1990年)、『あの夏、いちばん静かな海。』(1991年)、『ソナチネ』(1993年)の初期四部作は、彼の“照れ”の感覚が画面を支配していたように思う。
照れゆえにセリフは極端にそぎ落とされ、照れゆえに画面はスタティックに均一化され、照れゆえに性急なほど「死」に執着する。かくして映画は徹底的に純化され、バイオレンスは様式化される。第一期キタノ作品群は、純粋映画として絶対的強度を勝ち得ていたのだ。
だが、バイク事故で本気で死と向き合うことになった彼は、「映画作りとは己と正対することである」と認識したんではないか。照れを振りきって己の内実をさらけだすことが、映画作家の宿命であると悟ったんではないか。
生へのポジティヴなメッセージを発信した復帰作『キッズ・リターン』(1996年)に続いて撮られたこの『HANA-BI』には、抑制されていたロマンチシズムがダダ漏れ状態。前述したキタノ映画フォーマットには則りながらも、その手触りは極めてウェットなのだ。
久石譲による甘ったるいメロディーは饒舌さを増し、不治の病に冒された妻(岸本加代子)との何気ない夫婦のやりとりはホームドラマ化し(僕のほうが照れくさくて画面を直視できませんでした)、しまいには愛娘に凧上げさせてジ・エンド。
これをロマンシチズムと呼ばずして、何と言おう。下半身不随になった堀部(大杉連)が生きる意味を見出す点描画を、北野武自身が描いていること自体、照れを振り切って製作した証左である。
大胆なカットの省略、死への逃避行というモチーフは、実は思いっきりゴダールの『気狂いピエロ』1965年)だったりする。
しかし生来のモダニストであるゴダールに対して、北野武は浪花節の人。クールネスを装いながらも、照れを脱ぎ去ることによって、フィルムは義理と人情に溢れたハート・ウォーミング・ドラマに変貌している。
この作風は『菊次郎の夏』(1999年)にも踏襲されていくのだが、初期四部作のファンである僕としては、正直この変化にはガッカリさせられたクチである。緊張と停滞のミニマリズムが雲散霧消してしまったのだ。
第54回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞し、『カイエ・デュ・シネマ』が北野特集を組むなど、『HANA-BI』をきっかけにして、北野武は世界のキタノとなった。
肥大化してしまった名声に苦しみ、フェリーニのごとく自己言及的な作品にシフトしていくことになったのは、いわば必然だったんである。
- 製作年/1998年
- 製作国/日本
- 上映時間/118分
- 監督/北野武
- 製作/森昌行、鍋島寿夫、吉田多喜男
- 脚本/北野武
- 撮影/山本英夫
- 特殊メイク/原口智生
- 美術/磯田典宏
- 衣裳/斉藤昌美
- 編集/北野武、太田義則
- 音楽/久石譲
- 助監督/清水浩
- ビートたけし
- 岸本加世子
- 大杉漣
- 寺島進
- 白竜
- 薬師寺保栄
- 逸見太郎
- 矢島健一
- 芦川誠
- 大家由祐子
- 柳ユーレイ
- 渡辺哲
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