HOME > MOVIE> 『復讐するは我にあり』(1979)暴力とエロスが救済へ反転する、今村昌平の極北

『復讐するは我にあり』(1979)暴力とエロスが救済へ反転する、今村昌平の極北

『復讐するは我にあり』(1979)
映画考察・解説・レビュー

8 GOOD

『復讐するは我にあり』(1979年)は、実在の連続殺人犯・西口彰をモデルにした実録犯罪映画。主人公・榎津巌は殺人と逃亡を繰り返しながら、社会の裏側を漂流する。追う刑事と逃げる男の視線が交錯する中で、彼の行動は理性を失った本能と欲望の連鎖へと変貌していく。

原初の衝動としてのエロス

中学生の頃、深夜テレビで『復讐するは我にあり』(1979年)をダラ見してたら、三國連太郎が倍賞美津子の胸を思いっきり揉みしだくシーンに出会した。

土着的で原始的なエロス。僕にとってその体験は単なる性的な刺激ではなく、むしろ人間の根源的な欲望が形を持って可視化される瞬間だった。それ以来、今村昌平という名を聞くたび、今でもこの場面が無意識の底から蘇ってしまう(困ったものだ)。

今村映画に通底するのは、文明化された理性を剥ぎ取り、土俗的な身体感覚の奔流をむき出しにする暴力的なエロスだ。肉体のうごめき、汗、汚れ、欲望の発露──それらが倫理や宗教の網目をかいくぐって生の実感を取り戻そうとする。今村のカメラは、あくまで“人間の体臭”を撮ることに執着していた。

本作の中で、緒形拳に首を絞められながら小川真由美が恍惚の表情を浮かべる場面は、観客に異様な緊張を強いる。単なるマゾヒスティックな演出ではなく、ここには今村映画特有の“痛覚の美学”が息づいている。

暴力と性愛、破壊と創造、死と生──それらは対立項としてではなく、同一の軸上にある。痛みを伴わなければ快楽は立ち上がらず、罪悪を経なければ救済は訪れない。今村はその境界を曖昧にし、身体が壊れる寸前でこそ見える“実存のかたち”を凝視する。

緒形拳の締める手が小川真由美の喉元を覆う瞬間、観客は暴力を目撃するのではなく、むしろそこに宿る“生への賛歌”を見てしまう。つまり、苦痛は死の予兆ではなく、生の証明として描かれているのだ。

視覚的象徴としての死生観

『復讐するは我にあり』は、佐木隆三の直木賞受賞作を原作とする実録犯罪映画である。モデルとなったのは、昭和の連続殺人犯・西口彰。神をも恐れぬ殺人鬼として社会を震撼させた実在の人物だった。

深作欣二、黒木和雄、藤田敏八といった錚々たる監督たちが映画化を熱望したという逸話は、この物語が持つ“悪の吸引力”を物語る。最終的に映画化権を得たのは今村昌平だが、その選択は必然だったとしか言いようがない。

彼にとって犯罪とは、社会秩序の逸脱ではなく、人間性の極限を測る実験装置である。西口彰の狂気を描くことで、今村は“人間とは何か”という形而上の問いに挑んでいる。善悪の二元論を拒否し、聖と俗、救済と破滅の間に漂う曖昧な領域を掘り下げる──その姿勢こそ、今村の映画作法の核心だ。

今村昌平の映像には、物語の説明を超えた純粋なビジュアルの象徴性が潜む。オレンジ色の夕暮れを背に吊るされたツナギの長靴。そのショットは、死への渇望と人間存在の有限性を詩的に刻印する。

足跡を失った靴は、地に触れぬまま空中に漂い、まるで肉体を捨てた魂の残骸のように揺れている。この象徴は、死を恐怖ではなく“浄化”として捉える今村の死生観を物語る。

彼のカメラは死を忌避しない。むしろ、死を通じてしか到達できない生の輝きを提示する。観念的な構図と写実的なディテールの共存は、今村映画の核にある“観念の写実主義”を体現している。

画面に漂うオレンジ色の光は、滅びと救済の境界を溶かす祈りのような光であり、まさにこの映画の魂そのものである。

映画という暴力、そして救済

今村昌平は、リアリティーの確保において決して妥協を許さなかった。

撮影は実際に西口彰が殺人を犯したアパートで行われたという。現実と虚構の境界を踏みにじるその行為自体が、映画的な“罪”である。だが、彼はその罪を恐れずに犯す。なぜなら、映画とは現実を模倣するのではなく、現実の内側へ侵入する装置だからだ。

『復讐するは我にあり』の成功──配給収入6億円、キネマ旬報ベストテン1位──は、単なる商業的勝利ではない。そこには、神をも恐れぬ映画作家が、神の領域に踏み込んでしまった結果としての宿命的な栄光がある。

人間の欲望を暴き、生と死の混線を映し出すことで、今村はスクリーンに“現実以上の現実”を刻みつけた。 だからこそ、この映画のラストシーンを見終えたあとに残るのは恐怖ではなく、むしろ、あらゆる倫理や理性を超えたところにある“人間という存在への深い畏敬”である。

血と汗と欲望の中にこそ、救済の可能性がある。今村昌平の映画は、そう断言している。

DATA
  • 製作年/1979年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/140分
  • ジャンル/ドラマ
STAFF
  • 監督/今村昌平
  • 脚本/馬場当、池端俊策
  • 製作/井上和夫
  • 原作/佐木隆三
  • 撮影/姫田真左久
  • 音楽/池辺晋一郎
  • 編集/浦岡敬一
  • 美術/佐谷晃能
  • 録音/吉田庄太郎
CAST
  • 緒形拳
  • 三國連太郎
  • 小川真由美
  • 倍賞美津子
  • ミヤコ蝶々
  • 清川虹子
  • フランキー堺
  • 加藤嘉
  • 殿山泰司
  • 北村和夫
  • 絵沢萌子
FILMOGRAPHY