『復讐するは我にあり』(1979年/今村昌平)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『復讐するは我にあり』(1979年)は、実在の連続殺人犯である西口彰の事件を題材とした佐木隆三の同名小説を原作に、今村昌平が監督を務めた映画。主人公の榎津巌(緒形拳)が、専売公社の集金人ら2名を殺害した後、弁護士や大学教授などに身分を偽りながら日本各地で詐欺や殺人を繰り返し、78日間にわたって逃亡。厳格なカトリック教徒である父親の鎮雄(三國連太郎)や妻の加津子(倍賞美津子)による複雑な家族関係、逃亡先の浜松の旅館で出会う女将のハル(小川眞由美)とその母(清川虹子)との関わりなどが描かれる。第3回日本アカデミー賞において最優秀作品賞、最優秀監督賞をはじめとする主要部門を受賞し、同年のキネマ旬報ベスト・テンで第1位を獲得した。
- 第3回日本アカデミー賞:最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、最優秀助演男優賞、最優秀撮影賞、最優秀照明賞
- 第53回キネマ旬報(日本映画):第1位、日本映画監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞
- 第34回毎日映画コンクール:日本映画大賞、監督賞、主演男優賞
- 第22回ブルーリボン賞:監督賞、主演男優賞、助演女優賞
原初の衝動としてのエロス
中学生の頃、深夜テレビで『復讐するは我にあり』(1979年)をダラ見してたら、三國連太郎が倍賞美津子の胸を思いっきり揉みしだくシーンにでくわした。
土着的で原始的なエロス。僕にとってその体験は単なる性的な刺激ではなく、むしろ人間の根源的な欲望が形を持って可視化される瞬間だった。それ以来、今村昌平という名を聞くたび、今でもこの場面が無意識の底から蘇ってしまう(困ったものだ)。
今村映画の底辺に常に通低しているのは、文明化された理性の皮をベリベリと剥ぎ取り、土俗的な身体感覚の奔流をむき出しにする暴力的なエロスだ。
肉体のうごめき、滴る汗、血の汚れ、そして制御不能な欲望の発露。それらが道徳や倫理、あるいは宗教の細かい網目を強引にかいくぐって、生々しい「生の実感」を取り戻そうと暴れ回る。
今村のカメラは、綺麗な絵葉書のような風景ではなく、あくまで人間のドギツイ体臭(ホントに漂ってきそうなのだ)をフィルムに焼き付けることに、異常なまでの執着を見せているのである。
緒形拳演じる榎津巌に首をギリギリと締め上げられながら、小川真由美が恍惚の表情を浮かべる場面も、中学生の僕は衝撃を受けたものだ。ここには今村映画特有の、痛みを伴ってこそ生きていることを実感する、痛覚の美学が脈打っている。
暴力と性愛、破壊と創造、死と生。それらは決して相反する対立項ではなく、メビウスの輪のように同一の軸上で繋がっている。痛みを伴わなければ真の快楽は立ち上がらず、深い罪悪を経なければ救済は絶対に訪れない。
今村はその曖昧な境界線を踏みにじり、身体が壊れる寸前の極限状態においてのみ見える、実存のかたちをジッと凝視している。緒形拳の太い手が小川真由美の喉元を覆うその刹那、僕たち観客は凄惨な暴力を目撃するのではなく、むしろそこに宿る狂おしいほどの生への賛歌をまざまざと見てしまうのだ。
つまり、あの苦痛に歪む顔は死の予兆ではなく、強烈な生の証明としてスクリーンに刻み込まれているのである。
稀代の殺人鬼と、死生観を象徴する詩的ビジュアル
『復讐するは我にあり』は、佐木隆三の直木賞受賞作を原作とする、実録犯罪映画の傑作である。モデルとなったのは、昭和38年に実際に日本中を逃亡しながら連続殺人を犯した西口彰だ。
神仏をも恐れぬ冷酷な殺人鬼として社会を震撼させた実在の人物の物語。深作欣二、黒木和雄、藤田敏八といった、当時の日本映画界を牽引していた錚々たる監督たちがこぞって映画化を熱望し、血みどろの争奪戦を繰り広げたという逸話は、この物語が放つ強烈な引力を雄弁に物語っている。
最終的にこの呪われた映画化権を勝ち取ったのは今村昌平だったわけだが、出来上がった作品を見れば、その選択は映画の神様が導いた必然だったとしか言いようがない。
彼にとって犯罪という行為は、人間性の極限の深さを測るための壮大な実験装置なのだろう。西口彰をモデルとした榎津巌という怪物の狂気をねっとりと描くことで、今村は「そもそも人間とは一体何なのか?」という形而上学的な巨大な問いに真っ向から挑んでいる。
安易な善悪の二元論を徹底的に拒否し、聖と俗、救済と破滅の間に漂う、どっちつかずの曖昧な泥沼の領域をシャベルで深く掘り下げる。その姿勢こそが、今村昌平の映画作法の絶対的な核心なのだ。
映画の終盤、燃えるようなオレンジ色の夕暮れを背にして、宙に吊るされたツナギの長靴がブラブラと揺れるショット。あの狂ったように美しい映像は、死への底知れぬ渇望を、スクリーンに刻み込んでいる。
足跡を永遠に失った空っぽの靴は、冷たい地に触れることもなく空中に漂い、まるで肉体を脱ぎ捨てた魂の残骸のように虚空で揺れ続けている。この圧倒的な象徴表現は、ある種の究極の浄化として捉える今村の特異な死生観を表しているかのようだ。
彼のカメラは決して死を忌避しない。むしろ、死という絶対的な闇を通過することによってしか到達できない、ギラギラとした生の輝きを観客に突きつける。
この観念的な構図と、汗水垂らすような写実的なディテールの奇跡的な共存こそが、今村映画の核にある観念的写実主義。画面全体に漂うあのオレンジ色の光は、滅びと救済の境界をドロドロに溶かしてしまう祈りのような光であり、まさにこの映画の「魂」そのものなのだ!
現実を侵犯する映画という暴力、そして宿命の救済
今村昌平という映画監督は、リアリティーの確保において一切の妥協を許さない、文字通りの完璧主義者だ。
実はこの映画、実際に西口彰が殺人を犯した旅館を使って撮影している。現実の凄惨な事件現場にズカズカと踏み込み、そこで虚構の物語を再構築。現実と虚構の境界を土足で踏みにじるその異常なまでの執念は、もはや映画的な暴力と呼ぶべきものだ。
だが、今村はそんな道徳的な罪を一切恐れない。なぜなら、彼にとって映画とは、お行儀よく現実を模倣するだけの安全な絵空事ではなく、現実の内側の最も深く暗い場所へ暴力的に侵入し、世界をハッキングするための強力な装置だからだ。
本作が公開されるや否や、当時の日本映画界に激震が走った。配給収入は堂々の約6億円強(当時としては大ヒット)を記録し、その年のキネマ旬報ベスト・テンでは1位を獲得。それは、神をも恐れぬ映画作家が、人間の暗部という神の領域にズカズカと踏み込んでしまった結果として手に入れた、栄光なのだ。
人間の底なしの欲望を白日の下に暴き出し、生と死のグチャグチャな混線をスクリーンに映し出すことで、今村は現実を凌駕する超現実をフィルムにドス黒く刻みつけた。
血と汗と欲望のドロドロの沼の中にこそ、人間にとっての本当の救済の可能性がある。今村昌平の遺したこの傑作は、時代を超えて僕たちにそう告げている。
- 復讐するは我にあり(1979年/日本)
- うなぎ(1997年/日本)
- 赤い橋の下のぬるい水(2001年/日本)
![復讐するは我にあり/今村昌平[DVD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/71ctGztN0FL._AC_SL1200_-e1759054372886.jpg)
![復讐するは我にあり[本]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/61vw9aOJKkL._SL1024_-e1775103168137.jpg)