大きな十字架を背負ったロバート・ロッセンの贖罪の物語
ロバート・ロッセンは気骨の映画作家である。
貧困家庭で育った彼は、血を吐くような努力をして学費を稼ぎ、ニューヨーク大学で映画製作を学んだ。やがてその才能が認められてハリウッドに進出、ロバート・ペン・ウォーレンの小説を映画化した『オール・ザ・キングスメン』(1949年)が大ヒットをおさめ、その年のアカデミー賞監督賞・脚本賞間違いなしと本命視されたのである。
だが、軌道に乗ったかと思われた映画人生は、ここで暗礁に乗り上げる。アカデミー賞直前になって、彼が共産党員として活動していたことが判明。
時あたかも、ジョセフ・マッカーシー上院議員による赤狩りがアメリカ国内に吹き荒れていた1950年代。激しいバッシングにさらされ、結局アカデミー賞を逃してしまうばかりか、映画界から追放されるという憂き目に逢ってしまう。
やっと掴んだ映画監督の地位を失ってしまったロバート・ロッセンは、苦悩の末に、非米活動委員会に党員の名前を証言することを決意。
映画界にカムバックするかわりに、共産主義者としてのアイデンティティーを投げ捨て、仲間を売るという大きな十字架を背負うことになったのだ。そしてこの選択に、彼は終生悩まされることになる。
ロバート・ロッセンの晩年の作品である『ハスラー』(1961年)は、このような経緯を承知で鑑賞してみると、自己言及的な題材であったことが分かる。ポール・ニューマン演じる若きハスラー、エディ・フェルソンはおそらくかつての自分自身だ。
我こそが最強のハスラーであるという矜持を持ち、次々と強敵を打ち破って行くというこのカリスマに、ハリウッド期待の若手としてもてはやされた自分と重ね合わせたことは想像に難くない。
そして、15年間不敗という伝説を持つ伝説のハスラーとして登場するミネソタ・ファッツ(ジャッキー・グリーソン)は、おそらく現在の自分自身だ。
凄腕のハスラーでありながら、ビリヤード賭博のヤマを取り仕切っているバート(ジョージ・C・スコット)に取り入られて、単なるマネー・メイキング・マシーンと化している姿に、宗旨替えをしてでも映画界に残ることを選択した自分と重ね合わせたことは、これまた想像に難くない。
足が悪くてアル中で情緒不安定という、前代未聞なヒロイン役をパイパー・ローリー(『ツイン・ピークス』でキャサリン・マーテル役を演じているあのヒトです)が演じているが、それゆえに彼女の健気さ、真っすぐさが純化され、映画ではエディを導く羅針盤的役割を担う。
しかしその思いは成就することなく、非業の死を遂げることになる。自らも飼い犬になりかけていたエディは、彼女の死を契機にして自分を取り戻し、全てを賭けてミネソタ・ファッツと一世一代の勝負を挑む。
ビリヤード場という密室で進行する物語にアクセントをつけるべく、ロバート・ロッセンはローアングル&ハイアングルを駆使して構図を引き締め、映像に緊迫感をミックス。しかしながら、エディが勝利をおさめても何のカタルシスも感じられないのは、この勝負に実質的な勝利者も敗北者もいないからだ。
エディはバートに「お前こそ負け犬だ」と吐き捨てるが、逆にバートは「二度とビリヤード場に足を踏み入れるな」と最後通告をする。むろんこの言葉は、ハリウッドから追放された彼自身の境遇と、激しくリンクする。
エディとミネソタ・ファッツを分け隔てているのは、システムに回収された者か否か、そして志を貫いた者か否かというだけだ。二人は最後、健闘を称え合って握手を交わす。
かつての自分と、現在の自分との交錯。ロバート・ロッセンにとって、このシーンは必要不可欠だったに違いない。かくして物語は、鬱屈とした空気を吸い込んだまま終幕を迎える。
ロバート・ロッセンは『ハスラー』を「エディが真っ当な一人の男として自立するために、越えなければならない試練の物語」であると自ら評した。それは何よりもまず自分に対して向けられた言葉であったのだろう。
この映画にパッケージされた、人間の内面をえぐり出すかのようなヒリヒリした緊張感は、己自身の贖罪という隠しテーマによって、頑強なまでにコーディングされているのだ。
- 原題/The Hustler
- 製作年/1961年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/134分
- 監督/ロバート・ロッセン
- 製作/ロバート・ロッセン
- 原作/ウォルター・テヴィス
- 脚本/ロバート・ロッセン、シドニー・キャロル
- 撮影/ジーン・シャフトン
- 音楽/ケニョン・ホプキンス
- 美術/ハリー・ホーナー、アルバート・ブレナー
- ポール・ニューマン
- ジャッキー・グリーソン
- パイパー・ローリー
- ジョージ・C・スコット
- マイロン・マコーミック
- マーレイ・ハミルトン
- マイケル・コンスタンチン
- ステファン・ギーラッシュ
- ジェイク・ラモッタ
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