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2017/9/5

ストレイト・ストーリー/デヴィッド・リンチ

『ストレイト・ストーリー』──老いと停滞に潜む光のホラー

『ストレイト・ストーリー』(原題:The Straight Story/1999年)は、実在の老人アルヴィン・ストレイトが、疎遠になった兄に会うためトラクターで旅をした実話をもとにしたロード・ムービー。老いと病を抱えながら、アイオワ州からウィスコンシン州まで550キロを走破するその姿を、淡々とした映像と沈黙のリズムで描き出す。

リンチ的「余剰の時間」と老人の動き

『ツイン・ピークス』の最終話に登場する、貸金庫の老人の亀のごとき緩慢な動きが、いまも忘れがたい。

言ってしまえば、足腰の悪いジジイが左から右へとゆっくり移動する様子をワンカットで捉えただけの場面。単なる余興ではなくリンチ映画に通底する「時間感覚」の核心を示している。

物語の緊張が高まるなかで唐突に挿入される亀のごとき緩慢さは、物語を停滞させ、観客を不意に“別の時間”へと放り込む。そこにはハリウッド的な効率性やスピード感を拒絶する、リンチならではの美学が表れている。

この奇妙なタイム感は、『イレイザーヘッド』(1977年)における終わりなき赤ん坊の泣き声や、沈黙が支配する工場風景にも見られる。『ブルーベルベット』(1986年)では切断された耳を過剰に映し続けることで、日常的な風景に異常な緊張を宿らせていた。

『ロスト・ハイウェイ』(1997年)のミステリー・マンが無言の間合いで恐怖を増幅させるのも、その手法の延長線上にある。リンチにとって「間延びした時間」は、現実を異化し、異界を召喚するための装置なのだ。

観客は通常、映画の時間がリズムよく進むことで安心を得る。だが、極端に引き延ばされた動作や沈黙に直面すると、そのリズムは裏切られ、不気味さが立ち上がる。

貸金庫の老人の緩慢な所作は、老いの身体を媒介にして「不気味の谷」を演出している。そこに宿るのは感動ではなく、むしろ不安と異常性だ。ハリウッド映画が効率的な編集と物語進行を至上とするのに対し、リンチは「遅さ」「停滞」「余剰」を映画的快楽へと転化させる。

この反=ハリウッド的時間感覚こそが、彼の作家性の根幹。観客を不意に時間の渦に放り込み、日常と異界の境界を揺るがす――それがデヴィッド・リンチの映画作法の真髄なのだ。

「感動作」という誤解

このタイム感が全面的に貫かれているのが『ストレイト・ストーリー』(1999年)だ。本作は、アイオワ州に実在した老人アルヴィン・ストレイトの旅をもとにしたもの。

1994年、73歳の彼は10年間疎遠だった兄ライルに会うため、車の免許を持たず、トラクターに乗って約550キロの旅に出た。この奇妙で愚直な行為は全米のニュースに取り上げられ、やがて映画化の企画が持ち上がる。そしてなぜかリンチがメガホンをとることになったのだ。

トラクターで兄のもとへ向かう老人のロード・ムービー、と説明すればいかにも感動作のように響く。実際、カンヌ映画祭での公開時には「10年間絶交状態の兄に会うため350マイルを旅する73歳の老人」という美辞麗句が飛び交い、観客からは純粋な感動作として絶賛された。ル・モンド紙が「沈黙を支配する星空のごときピュアな映像」と評したのもその典型だろう。

だがナンセーンス!リンチは「老人臭い感動映画」など撮っていない。

この題材は一見、リンチの過去作はと無縁に思える。だが、リンチは“老人が乗用車ではなく農作業用トラクターで旅をする”という異常なスローモーションを、強烈に自分の映画世界へ引き寄せた。

帽子を吹き飛ばされたリチャード・ファーンズワースが、杖をつきながらヨタヨタと拾いに行く場面を思い出してみよう。あれは決して「ピュアな映像美」によって成立しているのではない。むしろリンチ独特の「老人使い」と、時間を極限まで緩慢に引き延ばす演出の産物である。

観客の感傷を誘うのではなく、むしろ「時間が止まってしまったかのような奇妙さ」を生み出している。リンチにとって老いは悲劇や感動の対象ではなく、むしろ「異様な時間の媒介」として機能しているのだ。

『ツイン・ピークス』の宇宙観になぞらえれば、『ストレイト・ストーリー』は「ホワイト・ロッジ・サイド」に属する作品といえる。しかし、光の側に属しても奇妙さは失われない。むしろ陽光に満ちた風景にこそ異様さが漂い、ブラック・ロッジ以上の不気味さが立ち現れる。

ロード・ムービーの脱構築

登場人物たちもまたリンチ的ウィアードネスに満ちている。法外な料金をふっかける双子、鹿との衝突を毎週のように嘆く中年女。彼らは一見ユーモラスだが、その過剰さは『ツイン・ピークス』の住民たちと同質の「奇怪さ」を帯びている。

彼らは主人公を教育しないし、象徴的教訓に回収されもしない。むしろ各人の「偏心」は偏心のまま提示され、世界が人智に馴致されない事実だけが残る。遭遇は“意味の完成”ではなく、“意味の未完”を積層する。ロード・ムービーの「出会い=変化」という公理は、ここで脱臼する。

音響設計も異端だ。一般のロード・ムービーが楽曲で速度を生成するのに対し、本作はエンジンの一定の唸り、風のノイズ、夜の環境音を前景化する。

音響は前進の爽快な証明ではなく、時間の粘性を耳に貼り付ける粘着質な膜となる。音楽は感情の加速装置ではなく、間欠的に差し込まれる“呼吸”として機能し、かえって沈黙の比重を増す。

撮り方も何だかすっごくヘンだ。坂道でトラクターのブレーキが利かなくなり、ファーンズワースの表情を変則的にズームアップするシーンは典型的だろう。

通常ならハイスピードなカッティングと多角的ショットで増幅されるはずだが、リンチは光学的ズームで圧迫を作り、実運動と映画運動のねじれによって観客の身体感覚を攪乱する。

『ストレイト・ストーリー』は、感動の枠に収まらないビザールな人間喜劇。しかもその奇怪さは、アメリカ中西部のハートランドという牧歌的風景と奇妙に共鳴する。風景は穏やかだが、その中で浮かび上がる人々の歪みは、アメリカ的理想の裏側を照らし出す。

リンチはロード・ムービーを脱構築し、「旅」を「停滞」に変えてしまったのだ。

ファーンズワースの身体性と死の影

さらに俳優リチャード・ファーンズワース自身の身体性が、この映画にメタ的な層を与えている。彼は長い間ハリウッドでスタントマンとして生きてきた。

西部劇やアクション映画で危険なアクションを引き受け、身体そのものを映画に差し出してきた存在だ。つまり彼のキャリアは「映画に消費される身体」としての歴史に裏打ちされている。

そんな彼が『ストレイト・ストーリー』で演じたアルヴィンは、老いと病に蝕まれた身体であり、もはやスタントの肉体的輝きは残されていない。

観客がスクリーンで目撃するのは、衰えた身体を持つ元スタントマンが、今度は「老いそのもの」を演じる姿である。これは映画的に極めてメタな構図だ。かつて映画のために身体を酷使した人物が、晩年に「老いの身体」をさらけ出すことになる。

しかもファーンズワースは当時すでに癌に侵されており、撮影後わずか1年で自ら命を絶つ。つまりスクリーン上のアルヴィンの旅は、虚構の物語であると同時に、ファーンズワース自身の「死へ向かう緩慢な旅」と重なってしまうのだ。

観客は、演技と現実を切り離せなくなる。老い、病、死――それらを抱えた身体が、映画という虚構のフレームに収められた瞬間、作品は意図せぬドキュメンタリー的な性格を帯びる。

リンチ自身は意識していなかったかもしれない。だが結果的に『ストレイト・ストーリー』は、「死にゆく身体を最後に写し取った映画」として成立してしまった。死を演じることと死を抱えることが一体化し、虚構と現実が完全に重なり合ってしまった恐ろしい事例だ。

したがってこの作品は、ただの「感動のロードムービー」ではなく、役者本人の人生と死を不可避的に映し込んだ“死の映画”としても読むことができる。ファーンズワースがトラクターを操る姿や帽子を拾いに行く動作は、単なる演技以上のものだ。

そこには、実在の俳優が現実の死と向き合いながら刻んだ身体のリズムが、そのままフィルムに焼き付いている。

死へ向かう緩慢な旅

製作はフランス資本(カナル・プリュス、Ciby 2000)で、北米配給はウォルト・ディズニー・ピクチャーズ。リンチ作品がディズニーから公開されるという事実は、当時も大きな驚きをもって迎えられた。

ディズニーは「家族向け感動作」として宣伝したが、リンチにとってはむしろ“ディズニー的ピュアさ”に奇妙さを仕込む格好の場だった。観客は「清らかな老人映画」と思い込むが、その奥にはいつものリンチ的「停滞と不気味」が漂っている。これはリンチが大衆文化の外套を借りて、ウィアードネスを隠し持つ戦略だったとも言える。

こうして見ると、『ストレイト・ストーリー』は決して「感動のロード・ムービー」ではない。むしろ「死へ向かう緩慢な旅」としての側面が強調される。

再会の物語であると同時に、それは死のリハーサルであり、老いと衰えを映像化するホラーにも近い。リンチ的ウィアード&ビザールが光の側から滲み出す、極めて奇怪な実験映画。観客が「感動」と誤認する部分ですら、リンチが周到に仕込んだ「光のホラー」なのだ。

DATA
  • 原題/The Straight Story
  • 製作年/1999年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/111分
STAFF
  • 監督/デヴィッド・リンチ
  • 製作/アラン・サルド、メアリー・スウィーニー、ニール・エデルスタイン
  • 脚本/ジョン・ローチ、メアリー・スウィーニー
  • 撮影/フレディ・フランシス
  • 音楽/アンジェロ・バダラメンティ
  • 美術/ジャック・フィスク
  • 編集/メアリー・スウィーニー
CAST
  • リチャード・ファーンズワース
  • シシー・スペイセク
  • ハリー・ディーン・スタントン
  • エヴァレット・マクギル
  • ジェイン・ヘイツ
  • バーバラ・イー・ロバートソン