『デート・ウィズ・ドリュー』(2005年/ブライアン・ハーズリンガー)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『デート・ウィズ・ドリュー』(原題:My Date with Drew/2005年)は、映画業界の片隅でくすぶっていたブライアン・ハーツリンガーが、幼い頃からの憧れである女優ドリュー・バリモアとのデートを実現させるべく、自らカメラを回してその過程を記録した究極の推し活ドキュメンタリー。クイズ番組で獲得した賞金1,100ドルと家庭用ビデオカメラ、そして30日間という期限を条件に、限られた人脈を辿りながらドリューへの接触を試みる。単なる一ファンの暴走に留まらず、ブライアンの純粋な情熱が周囲の人々を巻き込み、不可能を可能に変えていく実績を残した本作は、低予算インディペンデント映画の新たな可能性を提示した。
サーキット・シティから始まる神話
映画業界の末端に身を置きながらも、金なし、仕事なし、コネなし、彼女なし(おまけに体毛は濃い目)という、絵に描いたような悲惨な四重苦を背負う27歳の青年、ブライアン・ハーズリンガー。
そんな彼の冴えない日常は、ある日突然の奇跡によって動き出す。出場したテレビのクイズ番組で、彼は見事1100ドルの賞金を獲得するのだが、なんとその最後の決定的な問題の答えが、彼が幼い頃から恋い焦がれてきた女優ドリュー・バリモアだったのだ。
単なる偶然を、神が与えた“運命”だと一方的に信じ込んだ彼は、その賞金を元手に「ドリューとデートする」という無謀な計画を立て、そのプロセスをドキュメンタリー映画として記録することを決意する。
だが、予算はたったの1100ドル。そこで彼が取った行動は、大手家電量販店サーキット・シティで高性能なビデオカメラを購入し、30日間の返品保証期間内にすべての撮影を終えて全額返金してもらうという、あまりにもセコく、そして狂気に満ちたタイムトライアルだった。
『デート・ウィズ・ドリュー』(2004年)は、そんな一人の青年の愚かさと純粋さが、やがて周囲を巻き込み、国家的なエネルギーへと変換されていく過程を痛々しいほどに映し出したドキュメンタリーである。
映画学校を出たもののロサンゼルスでくすぶっていたブライアンにとって、「ドリューとデートする」という行為は、もはや単なる恋愛感情の発露ではない。
それは「ケヴィン・ベーコンの6次の隔たり(Six Degrees of Kevin Bacon)」的な人脈ゲームを通じて自身の存在価値を証明する戦いであり、停滞した人生を強引に跳躍させるための通過儀礼であり、ひいては夢を信じるアメリカ人であることを再確認するための、命懸けの自己再生の儀式なのである。
映画少年たちと80年代の亡霊
ブライアンのこの突拍子もない計画を聞かされた友人たちは、当然のごとく頭を抱える。ある者は「アメリカ人の総白痴化もついにここまで来たか!」と呆れ果て、冷笑的な態度をとる。
しかし、そこで決して終わらないのが、アメリカという国の底知れぬ強さ。西欧的な洗練された知性が鼻で笑うような、未成熟さやバカバカしさこそが、これまでアメリカのポップカルチャーに巨大な推進力を与えてきた原動力だからだ。
知的に成熟しすぎた社会では、人は決して「憧れの女優に会うための映画を、返品予定のカメラで撮る」などという発想には至らない。計算高く理路整然とした理性の外部にこそ、アメリカ特有の無邪気な想像力は息づいている。
この映画の根底を支えているのは、愚かで、直情的で、しかしどこまでも誠実なエネルギーだ。ブライアンは、自分の夢を笑い飛ばすという大人のシニシズムを知らない。彼にとっての現実とは、与えられるものではなく、信じる者の手によって泥臭く構築されるべき世界なのだ。
その意味で彼は、彼が心から敬愛するスティーヴン・スピルバーグが描いた『E.T.』(1982年)や『グーニーズ』(1985年)の中で、自転車を漕いで未知なるものへと向かっていった少年たちと同じ、古き良きアメリカン・イノセンスの正統な末裔である。現実の壁をあっけらかんと疑わないこと。それこそが彼の最大の才能であり、同時に最大の滑稽さでもある。
彼は子供の頃に抱いた映画のような夢の続きを、成人した今でも本気で生きている。だがそれは同時に、効率化され、シニカルに成熟しきってしまった現代のハリウッドにおいて、彼のような人間がもはや絶滅危惧種であることを示している。
彼を嘲笑う者たちは、その痛々しいほどの無垢さを理解できない。だが、スクリーン越しに彼を見つめる観客たちは次第に気づかされるのだ。これは単なるオタク青年のストーカー的狂気などではなく、失われたイノセンスの復権を賭けた切実な物語なのだということに。
ドリュー・バリモアという名のアメリカとその救済
彼が追い求めるドリュー・バリモアの人生は、まさにイノセンスの獲得と喪失を、最も極端な形で往復してきた軌跡そのものである。
名門俳優一家に生まれ、7歳で『E.T.』に出演して世界的な子役スターとなるも、9歳で酒とタバコを覚え、10歳でマリファナ、12歳でコカインに手を染め、施設に収容される。早熟すぎた成功と、早すぎる破滅。
そこからの泥臭い復帰と、『チャーリーズ・エンジェル』(2000年)で大ヒットメーカー(プロデューサー)として見事なカムバックを果たすまでの道程は、まるでアメリカという国家が歩んできた自画像のようでもある。自由と放縦、堕落と再生。その果てしない繰り返しだ。
ブライアンの思いが本物であると証明されるのは、彼が10歳の頃から彼女に恋い焦がれ、彼女が麻薬に溺れ、B級映画で脱いでいたどん底の時期でさえ、決して彼女を見捨てずに信じ続けたという揺るぎない事実があるからだ。
ドリューの眩い光も、そして誰より深い闇の部分も、すべてを丸ごと抱擁するその狂気じみた誠実さこそが、この手作りドキュメンタリーの強度を支えている。彼女はブライアンにとっての救済の象徴であると同時に、もはやアメリカ人全体にとっての信仰の対象とも言える存在なのだ。
ブライアンがカメラを回し、恥をかきながらドリューを追い続ける姿は、かつてのアメリカが泥まみれになりながら自らのアメリカン・ドリームを追い続けていた姿の美しいメタファー。
『デート・ウィズ・ドリュー』は、現代社会がすっかり失ってしまった信じる力を、最高に滑稽で、最高に純粋な形でスクリーンに蘇らせてみせた奇跡の映画だ。
私たちがブライアンの不器用な疾走を見て思わず涙してしまうのは、彼がドリューに会えそうだからではない。彼がこの冷たい世界において、まだ「夢を信じられる人間」だからだ。彼は現代に蘇ったフォレスト・ガンプであり、合理性とコスパに支配された時代における、最後のロマン主義者なのである。
この作品の全編に漂う、80年代のスピルバーグ映画のような希望の粒子と、光に満ちた郷愁。それはアメリカという国がかつて“子供の国”だった時代の、愛おしい残り香である。
ブライアンがサーキット・シティのカメラを回し続ける限り、アメリカの夢はまだ決して滅びてはいない。もはやこの映画を笑うことは、アメリカという国が抱いた美しい幻想そのものを笑うことと同義なのだ。
参考文献・出典
- 監督/ブライアン・ハーズリンガー
- 製作/ブライアン・ハーズリンガー、ジョン・ガン、ブレット・ウィン
- 製作総指揮/ラッキー・クロウ・フィルムズ
- 撮影/ブライアン・ハーズリンガー、ジョン・ガン、ブレット・ウィン
- 音楽/スティーヴン・M・スターン
- 編集/ブライアン・ハーズリンガー、ジョン・ガン、ブレット・ウィン
- デート・ウィズ・ドリュー(2005年/アメリカ)
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