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1900年/ベルナルド・ベルトルッチ

ベルナルド・ベルトリッチの歴史叙事とオペラ的映画美学

「この作品は大勢の観客にむけて作られたにもかかわらず、大観客に受け入れられずに呪われたカルト・ムービーになってしまった」

ベルナルド・ベルトリッチ監督自身の言葉を引用するまでもなく、巨大な製作費、豪華キャスティング、そして五時間を超える上映時間が興行上の致命的な障壁となり、この映画は“呪われたカルト・ムービー”になってしまった。

だが、『1900年』がベルナルド・ベルトリッチのキャリアにおける頂点の一つであることは間違いない。初期作品『暗殺の森』(1970年)や『革命前夜』(1969年)における政治的リアリズムや個人の運命というテーマは、この作品で極大化され、映像美、音楽、物語のスケールが複合的に融合する。

北イタリアを舞台に、20世紀初頭からファシズム台頭期までの社会全体を俯瞰的に描き、個人の生活や心理を歴史の大きな流れに組み込むことで、ベルナルド・ベルトリッチの「個人と歴史の交錯」という思想が鮮明に提示される。

物語における階級描写は、単純な善悪の対立ではなく、ブルジョワジーと農民、地主と労働者の複雑な力学を浮かび上がらせる。ブルジョワ階級は退廃と享楽に浸る一方で、農民や労働者は生存と抵抗のために共同体的連帯を維持する。

この対比は社会的リアリズムの枠に留まらず、登場人物は歴史の流れに翻弄される生身の存在として描かれる。ベルナルド・ベルトリッチ思想の核心である「歴史の力と個人の相対性」が、映画全体に貫かれている。

思想的影響としては、パゾリーニの影響が顕著である。パゾリーニは農民や下層民の生活を通して社会構造を可視化し、民衆文化を批評の装置として活用した。『1900年』では、農民の生活描写、口笛や労働歌、収穫祭の描写にその精神が色濃く反映されている。特に農民たちがファシズムに抵抗して歌う場面は、民衆の連帯感と政治的抵抗を象徴しており、パゾリーニの民衆描写の延長線上に位置づけられる。

音楽は『1900年』において物語と不可分であり、オペラ的手法として機能する。映画は「ジュゼッペ・ベルディが死んだ」という象徴的な叫びから始まるが、ベルディの音楽は物語全体の精神的基盤となり、喜怒哀楽や歴史的事件を表現する媒介となる。

農民たちの歌や口笛は、物語の進行と民衆の感情を同期させるオペラ的装置であり、観客は音楽を通して歴史的状況と登場人物の内面を同時に体感することができる。例えば、農民たちが畑仕事の合間に歌う労働歌は、階級的連帯と抵抗意識を同時に表象する。

ブルジョワ家庭のパーティーで流れる華麗な音楽は、退廃と享楽の象徴として、社会階層の緊張を音楽的に浮き彫りにする。エンニオ・モリコーネの主題曲は、映像と音楽を緊密に結びつけ、叙情性と緊張感を同時に演出することで、映画全体の時間的リズムと歴史的緊張を増幅する。

映像美もまた、この映画の核心的価値である。ヴィットリオ・ストラーロは、北イタリアの四季折々の田園風景を、光と影の微細な変化を通して、絵画的に描写する。春の麦畑に差し込む柔らかな光は生命の萌芽を象徴し、夏の収穫の場面では太陽光の強烈さと影の対比が労働の重みと社会的緊張を表現する。

秋の落葉や霧は時代の移ろいと歴史の儚さを暗示し、冬の川辺の凍てつく風景は、政治的抑圧と死の象徴として機能する。構図はしばしば人物を自然や季節と同列に配置することで、人間が歴史や自然の中で生きる存在であることを視覚的に示す。キューブリック的な神の視点やヒッチコック的なアイロニーは採用されず、観客は自然や季節のリズムに呼吸を合わせながら、登場人物と歴史を同時に体感する。

具体的場面分析をさらに挙げると、子供時代のオルモとアルフレードが農民の学校で教育を受ける場面では、教育制度と階級差が象徴的に描かれる。青年期のブルジョワ家庭でのパーティーや薬物・性愛描写は、社会的退廃と歴史的変革の予兆を象徴する。

そしてファシズム台頭後、農民たちが広大な田園で歌う場面では、労働歌や口笛が階級的連帯と抵抗の象徴として機能する。これらの場面は、音楽、映像、歴史、思想が密接に結びつき、観客は個人の生活と社会変動を同時に体験する。

五時間という上映時間は、歴史的リズムそのものを体感させる装置である。複数の時間軸が同時進行し、個人の喜怒哀楽、社会の変化、ファシズムの台頭、民衆の抵抗が交錯することで、観客は歴史の流れと人間の営みを身体的に体感する。ベルナルド・ベルトリッチはこの構造を通じて、歴史を単なる舞台装置ではなく、映画そのものの主役として提示する。

パゾリーニの民衆描写と社会批評の精神が、オペラ的表現や映像・音楽と融合し、映画史上稀有な超大作として成立している。個人と歴史、政治と文化、音楽と映像が有機的に結びつき、観客は五時間を通じて歴史と自然、人間の存在の重層的な交錯を体感する。

『1900年』は単なる映画体験に留まらず、思想的、芸術的に学ぶ価値のある作品として、映画史に永遠に刻まれる超大作である。

DATA
  • 原題/Novecento
  • 製作年/1976年
  • 製作国/イタリア、フランス、西ドイツ
  • 上映時間/316分
STAFF
  • 監督/ベルナルド・ベルトルッチ
  • 製作/アルベルト・グリマルディ
  • 脚本/フランコ・アルカッリ、ジュゼッペ・ベルトルッチ、ベルナルド・ベルトルッチ
  • 撮影/ヴィットリオ・ストラーロ
  • 音楽/エンニオ・モリコーネ
  • 美術/エジオ・フリジェリオ
CAST
  • ロバート・デ・ニーロ
  • ジェラール・ドパルデュー
  • ドミニク・サンダ
  • バート・ランカスター
  • キーファー・サザーランド
  • スターリング・ヘイドン
  • ラウラ・ベッティ
  • ステファニア・サンドレッリ
  • フランチェスカ・ベルティーニ
  • ステファニア・カッシーニ
  • ウェルナー・ブランズ
  • ロモロ・ヴァリ