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『インセプション』(2010)時間の迷宮が映し出す記憶と虚無

『インセプション』(2010)
映画考察・解説・レビュー

4 OKAY

『インセプション』(原題:Inception/2010年)は、他人の潜在意識に入り込み記憶を盗む企業スパイ、ドム・コブ(レオナルド・ディカプリオ)が主人公となる物語である。彼は愛する家族を失った過去を抱えながら、巨大企業の後継者に“ある観念”を植え付ける任務を請け負う。舞台となるのは、現実・夢・さらに深層の夢が折り重なる多層構造の世界。コブは仲間たちとともに、時間の流れが異なる三層の夢空間を移動しながら標的の心の核心に迫っていくが、チームの行動を阻むのは標的の防衛機構だけではなく、コブ自身の記憶が生む亡霊のような存在だった。

クロス・カッティングという信仰──ノーラン映画の中枢神経

断言しよう。クリストファー・ノーランは、映画の醍醐味がクロス・カッティングであることを信じて疑わない映画作家である!クロス・カッティング至上主義者である!!ミスター・クロス・カッティングである!!!

同時間内で進行する別々のシーンを、交互に観せることによって臨場感を付与するクロス・カッティングは、一般的には“映画の父”D・W・グリフィスが、『國民の創生』の戦闘シーンで使用したのが始祖とされている。

’70年代には、フランシス・フォード・コッポラが『ゴッドファーザー』(1972年)でより洗練されたタッチで昇華させたが、技法的にはスーパー古典的。

ゴッドファーザー
フランシス・フォード・コッポラ

しかしながらクリストファー・ノーランは、『バットマン ビギンズ』(2005年)でも『ダークナイト』(2008年)でも、クライマックスはぜーーーんぶクロス・カッティングという必勝パターンを施すことによって、21世紀の今なお映画のスペクタキュラーを復権させんと企んでいるのだ。

『インセプション』(2010年)は、そんな彼のクロス・カッティング至上主義哲学が、ストーリー&映像共に結実した作品と言えるだろう。

夢の階層構造──時間を多層化する編集の建築学

そもそもプロットがすごい。人間の夢の中(潜在意識)に入り込んでアイディアを盗み出す企業スパイのコブ(レオナルド・ディカプリオ)が、大会社のボス・サイトー(渡辺謙)から、ライバル会社社長の息子ロバート(キリアン・マーフィ)の夢の中に侵入して、「会社を潰させる」というアイディアを植えつけるように依頼される(映画自体は壮大なスケールで描かれるが、意外とプロットはこぢんまり)。

そこでコブは、夢を三階層に切り分けることを計画。夢の第一階層~第三階層まで周到なプログラムを用意することによって、ターゲットに対して確実にインセプション(植え付け)させる戦略を練る。

第一階層
舞台は雨の降りしきるロサンゼルス。ロバートを拉致してプチ拷問。隠された遺言の存在を意識させる。

第二階層
舞台はホテル。あえてここが夢の中であることをロバートにバラして、第三階層へ連れて行く。

第三階層
舞台は雪山にある病院。ロバートを病床の父と引き合わせ、「ただ父親のやり方を真似るのではなく、自分の道を突き進め」というメッセージを植えつける。

これはもうクロス・カッティングの独壇場とでも言うべきシナリオ。第一階層(雨のLA)、第二階層(ホテル)、第三階層(雪山)でのシークエンスが順繰りに語られるのだが、さらに第四階層として「虚無」なるレオナルド・ディカプリオの記憶空間まで登場するのだから、四重のクロス・カッティングだ。

しかもクリストファー・ノーランは、隠し味として「階層が下に行くにつれて時間の進み方が遅くなる」という設定を組み込む。第一階層での5日間は第二階層での1ヶ月に相当し、第三階層の半年程度に相当するというのだ。

このプロットによって、例えば第一階層ではハイスピード撮影によるスロモーション、第三階層ではハイテンポな銃撃戦と、シーンごとにメリハリをつけたクロス・カッティングが可能となった。

…しかしこの『インセプション』、物語を転がすためのルール設定が複雑になりすぎて、正直一回観ただけでは何のことやらサッパリ分からない。

「第一階層でバンが横転したことに伴って、第二階層が無重力状態になるんだが、何で第三階層は何の影響もないの?」とか、「何で虚無のなかでディカプリオは若いままなのに、ケン・ワタナベは老人になってるの?」とか、未だに僕の頭の中はクエスチョン・マークだらけ。あまりの説明不足ゆえに、純粋なカタルシスが発動しないという弱点を抱えているのだ。

夢の死と映画の死──ノーラン的アクションの限界

最大の問題は、夢の世界における“死の不在”だ。 夢の中では撃たれても死なない。車が爆発しても、ただ別の階層に移動するだけ。アクションの緊張を支えるはずの「死の確実性」がここでは欠落している。

結果として、ノーランのアクションはどこか“安全”に見える。危険を演出しながら、実際には誰も死なない。そこに生じるのは、観客が現実から乖離する奇妙な浮遊感だ。つまり『インセプション』は、アクション映画であることをやめ、〈アクションそのものの夢〉を描く映画へと転位している。

ノーランは物語を現実ではなく構造の中に配置する。銃弾も爆発も、物理的な暴力ではなく編集的リズムに還元される。それは映画が自己の死を夢見る瞬間でもある。

最下層〈虚無〉は、夢の夢の果てにある空間であり、時間の停止と記憶の永久回転が同時に起こる場である。ここでコブは、かつて妻マル(マリオン・コティヤール)を喪った記憶と対峙する。この空間は、物語上の“潜在意識”ではなく、ノーラン自身の“映画観”を象徴している。

ノーランにとって〈虚無〉とは、編集の限界点だ。時間を操作しすぎた結果、現実と幻想の差異が消滅する。そこで彼は、観客に問いを残す──「現実とは何か?」ではなく、「どの現実を信じたいか?」。

ラストで回転する独楽が倒れるか否かは、はっきりいって問題じゃない。重要なのは、倒れるかもしれないその一瞬に、映画の現実を信じようと観客が心を揺らすことだ。ノーランはその揺れを、編集のリズムとして設計したのだ。

映画という夢のクロス・カッティング

『インセプション』とは、映画そのものの隠喩である。 監督は夢を設計する建築家であり、観客はその夢の住人だ。 スクリーンの光は、現実の記憶を侵食する。 そして編集とは、夢を束ねる唯一の“神の手”である。

ノーランが信じるのは、映画が〈夢を見る装置〉であるという事実。彼はその装置を多層化し、観客を四重構造のクロス・カッティングの中に閉じ込めた。時間を分裂させ、記憶を編集し、死を一時停止させる…その狂気的構造が、21世紀映画の最初の神話を生んだ。

『インセプション』は、超ド級のスケールを誇る実験作であり、同時にノーランという作家が“映画を夢見ること”そのものを描いた自画像なのだ。

余談だが、公開当時僕はこの映画を一度観た後、ある素敵ガールから映画を一緒に観に行きましょうと誘われ、鑑賞済みであることを隠して二度目に行き、その蓄積を活かして彼女の疑問を解いてあげたことがある(もちろん僕の株が上がった)。

あの時はありがとうございました、ノーラン監督。

DATA
  • 原題/Inception
  • 製作年/2010年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/148分
  • ジャンル/サスペンス、アクション、アドベンチャー、SF
STAFF
  • 監督/クリストファー・ノーラン
  • 脚本/クリストファー・ノーラン
  • 製作/エマ・トーマス、クリストファー・ノーラン
  • 製作総指揮/クリス・ブリガム、トーマス・タル
  • 撮影/ウォーリー・フィスター
  • 音楽/ハンス・ジマー
  • 編集/リー・スミス
  • 衣装/ジェフリー・カーランド
CAST
  • レオナルド・ディカプリオ
  • 渡辺謙
  • ジョセフ・ゴードン=レヴィット
  • マリオン・コティヤール
  • エレン・ペイジ
  • トム・ハーディ
  • ディリープ・ラオ
  • キリアン・マーフィ
  • トム・ベレンジャー
  • マイケル・ケイン
FILMOGRAPHY