70年代のトロピカル路線とは一線を画す、ミニマルな音響空間
YMOは『TECHNODELIC』(1981年)のツアー後に一時休止状態となり、各メンバーはソロ活動に没頭することになる。
坂本龍一はRCサクセションの忌野清志郎と組んで『い・け・な・いルージュマジック』をリリース、高橋幸宏は鈴木慶一とビートニクスを結成。
そして細野晴臣は、まだ日本には馴染みのなかったニューウェーブ系アーティストを世の中に送り出したいという一心から、アルファレコード内で高橋幸宏と共同で「YEN」というレーベルを発足。立花ハジメ、コシミハル、上野耕路、ゲルニカといった新進気鋭のミュージシャンが顔を連ねた。
そんなYENレーベルの記念すべき第一弾としてリリースされた作品が、細野6枚目のソロ・アルバムとなる『Philharmony』(1982年)である。
録音は自身のプライベートスタジオLDKで行われ、加藤和彦、立花ハジメ、上野耕治といったアーティストが多数参加。サンプリングマシンの代表的名機イミュレーターを駆使し、70年代のトロピカル路線とは一線を画す、ミニマルな音響空間を創り上げた。
YMOがテクノを標榜しながらも、その演奏は人力によるフュージョン系だったのに対し、徹頭徹尾サンプラー+リズムマシンで構築された『Philharmony』のサウンドは、当時「サンプリング荒らし」という異名をとったほど。
インプットした音をすぐアウトプットできるという、即興性に優れたイミュレーターを使うことによって、細野の優れたエディット&ループ感覚がより研ぎすまされた形で表出することとなった。
細野がこの作品で使用したイミュレーターⅠは、シリアルナンバーが100番以内だったというくらいに、まだ非常に高価なもの。付け加えると、シリアルナンバー1番はスティービー・ワンダーだったという。
M-5『リンボ』、M-9『フィルハーモニー』のミニマル感、M-3『ホタル』のエスニック感、M-8『スポーツマン』のテクノ感。最新テクノロジーの壮大な実験場という趣きさえ感じられる本作だが、かといってミュージック・コンクリートのような前衛音楽っぽい音作りではない。
あくまでメロディー主体のポップ・ミュージックとしてまとめあげているあたりが、細野晴臣の細野晴臣たるトコロ。だからこそ、後年ワールド・シャイネスでカントリー・ミュージック・スタイルのリアレンジを施しても、楽曲の輝きは全く失せないんである。
個人的に好きなのはやっぱM-9『フィルハーモニー』。僕はなぜかこのトラックを聴くたびに、陽炎がゆらゆらと揺れるビルの谷間から、一人の男が猛然と手前に向かって猛ダッシュする映像が脳内再生される。
「なんでそんな映像なんだ」と言われてても、「勝手に再生されるからよく分からんのじゃボケ」としかいいようがないが、つまりこのアルバムはそれだけ“映像勝手に生成誘発機能”を有したアルバムなんである。スバラシイじゃないですか。
ちなみにボーナストラック『夢見る約束』は、もともとLPの初回プレス版に付属していたソノシートに収録されていたというレア・トラックだが、CD版もパソコンに入れてネットに繋がないと聞けないという、トホホな仕様。
まずは『Flying Saucer 1947』(2007年)の11曲目に収録されている、UAとのコラボレーション・バージョンで満足すべし。
- アーティスト/細野晴臣
- 発売年/1982年
- レーベル/YEN
- ピクニック
- フニクリ,フニクラ
- ホタル
- プラトニック
- リンボ
- L.D.K.
- お誕生会
- スポーツマン
- フィルハーモニー
- エア・コン
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