“徹底的にズラすこと”。何一つ予定調和に進行しないホームドラマ
金曜ナイトドラマの傑作『時効警察』で既に証明されていたが、麻生久美子のコメディエンヌとしての才能は傑出している。
ふせえり、岩松了、光石研といったクセ者役者を相手にしても、まったくひるむことなく、フラットな自然体で三木聡ワールドに没入してしまう。
彼女自身はコメディーのトリガーにならざるとも、スタビライザー(安定装置)としての役割を完璧に果たしているのだ。
サエない中年男・磯辺(宮迫博之)が、突然転がり込んできた遺産を元手に喫茶店を開店、そこで繰り広げられるあれやこれやな出来事を、父娘が織り成す人間模様を中心にを描いたハートフル・コメディ『純喫茶磯辺』においても、麻生久美子は驚くほどナチュラルにその世界観に溶け込んでいる。
エロすぎるメイド服のユニフォームを何の抵抗もなく着用し、咲子(仲里依紗)から「バカっぽい女」と称されるほどの軽薄キャラであるにも関わらず、だ。
「何すか」「マジっすか」とビミョーに体育系言葉なのも、僕的にはマル。元カレにブン殴られて、鼻血からトローと流れるシーン(あれはCGか?)なんぞ、世のS系男子を狂喜乱舞させるだろう。
自己のアイデンティティーを振りかざすのではなく、驚くべき浸透性と対応力で、彼女はストレンジな世界を受け入れる。コメディエンヌに求められる必須条件って、実はココにあったりするような、しないような。
宮迫博之、濱田マリといった芸達者による“間”にこだわった芝居も見事。特にファミレスで夫婦喧嘩(いや、元夫婦喧嘩か)をしつつ、隙間をぬってメニューを注文するシーンは秀逸。
最終的にオーダーが全部あなご飯になってしまって、店員がぶっきらぼうに「ご注文を繰り返させていただきます。あなご飯、あなご飯、あなご飯」と繰り返す下りは、ちょっと狙い過ぎな感は否めないけれども。
ユーモア感覚も独特だが、家庭教師と女子高生の妄想ラブ・コメディー『机のなかみ』で名を上げた新進映画監督・吉田恵輔のビジュアル感覚も、ちょっと面白い。彼は同一のフレームに二人以上の登場人物がいる場合、意図的に片方の被写体を画面からズラす。
濱田マリが仏壇に手を合わすシーンで、カメラは後方に位置する仲里依紗はしっかり捉えても、濱田マリの顔はほとんどフレームアウト。
喫茶店の常連客ダンカンが麻生久美子に根掘り葉掘り質問するシーンでも、映像的にはダンカンのクローズアップのみが提示され、麻生久美子は完全にフレームアウトしている。
「徹底的にズラすこと」、それは映像論ではなく、主題としても吉田恵輔にとっての戦略だったんではないか。
この映画では何一つ予定調和に進行しない。ドラマが劇的に高揚しそうになると、着地点をあえてズラすことによって、例えようもない不思議な哀切が生まれてくる。女子高生の仲里依紗の視点から点描されることにより、その切なさはさらに拍車がかかる。
夢の舞台だったはずの喫茶店は営業不振で取り壊され、ヒロインの麻生久美子は、宮迫博之と結ばれることもなく、知らない男の子供を身体に宿して、パチンコに興じている。ダメ人間達によるダメダメな物語。こんな映画を愛せるのは、酸いも甘いも噛み分けたオトナだけである。
故に、酸いも甘いも噛み分けたクレイジーケンバンドがこの映画の音楽を担当しているのは、全くもって正しい選択なんである。
- 製作年/2008年
- 製作国/日本
- 上映時間/113分
- 監督/吉田恵輔
- プロデューサー/武部由実子、渡辺和昌
- 企画・プロデュース/小出健
- 脚本/吉田恵輔
- 撮影/村上拓
- 編集/吉田恵輔
- 音楽/CKB-Annex
- 照明/山田真也
- 録音/湯脇房雄
- 宮迫博之
- 仲里依紗
- 麻生久美子
- 濱田マリ
- 近藤春菜
- ダンカン
- 和田聰宏
- ミッキー・カーチス
- あべこうじ
- 斎藤洋介
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