『機動警察パトレイバー 2 the Movie』(1993年/押井守)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993年)は、押井守が監督、伊藤和典が脚本、Production I.Gが制作を務めた劇場用アニメーション作品。前作『機動警察パトレイバー the Movie』(1989年)から3年後の1999年の東京を舞台に、戦後日本の繁栄が抱える欺瞞と防衛構造の不備を鋭く突いた政治スリラー。物語は、横浜ベイブリッジが正体不明の戦闘機によって爆撃される事件から幕を開ける。犯行が自衛隊機によるものと疑われ、警察と自衛隊の対立が激化する中、首都・東京には戦後初となる戒厳令が敷かれ、街は「静かなる戦争」へと変貌していく。
- 第48回毎日映画コンクール:アニメーション映画賞
ぬるま湯に浸かった日本への、極めて悪意ある宣戦布告
横浜ベイブリッジが、正体不明の戦闘機から発射されたミサイルによって真っ二つにへし折られる。『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993年)は、自衛隊の誤射を巧妙に装った、極めて悪意に満ちたテロリズムで幕を開ける。
防空指令所のモニター上に突如として現れた「幻の爆撃機」によって、一気に首都・東京は警察と自衛隊の対立が激化し、戒厳令下の重苦しい静寂に包まれていく。
情報という実体のないものに国家の中枢が踊らされ、防衛システムが内側から自壊していくプロセスは、インターネットはおろか携帯電話すら普及しきっていなかった時代において、背筋が凍るほどの驚異的な先見性を持っていた。
だが、この未曾有の事態を引き起こした黒幕、元自衛隊員の柘植行人(根津甚八)の狙いは、ありふれたクーデターによる国家転覆や単純な破壊活動ではない。
彼の真の目的は、日本という国家が半世紀以上も貪ってきた「平和」の裏側にへばりついている、無自覚で血生臭い戦争の存在を白日の下に可視化することだった。
本作が制作された1990年代初頭という時代背景を見過ごすことはできない。冷戦構造が崩壊し、日本は湾岸戦争で多国籍軍に巨額の資金援助を行いながらも「カネだけ出して血を流さない」と国際社会から猛烈な非難を浴びていた。
その反省と外圧からPKO(国連平和維持活動)協力法を成立させ、自衛隊をカンボジアへ派遣したばかりの、まさに「戦後日本」という国家のアイデンティティが根底から揺らいでいた時期である。
「戦争をしない国」という美しくも欺瞞に満ちた看板を掲げてきた、日本。だがその実態は、海の向こうの戦火を安全な特等席からテレビモニター越しに眺め、その血流で自国の経済を潤す、底無しに無責任な「観客」の姿そのものだ。
劇中、陸幕調査部の荒川茂樹(竹中直人)は、特車二課の後藤喜一(大林隆介)に向けてこんな痛烈な台詞を吐く。
「この街では誰もが神様みたいなものさ。いながらにしてその目で何もかも見ることができるが、世界のどこに触れることもできない。神がなすべきことはただ一つ、世界を見つめることだ」
「最初の砲声が轟くまで、自分たちがずっと戦争の只中にいたことに気づきもしない」
この言葉は、単なる劇中のキャラクターに向けられたものではない。映画館の安全な椅子に深く腰掛け、ポップコーンをボリボリ食べながら対岸の火事として画面の「破壊」をエンターテインメントとして消費している、我々観客(日本人)の無自覚な後頭部を鈍器で殴りつけるような、強烈なメタファーなのだ。
レンズが支配する死後の東京と、アニメーターたちの狂気
監督の押井守はかつて「都市とは沈んでいくものだ」と言い放った。本作で描かれる東京は、林立する無機質な高層ビル群、運河に淀む重たい水面、そして巨大な橋梁の連なりに覆われている。それはまるで、脈動を完全に止めた死後の都市、あるいは人間がとうの昔に消え去った後の巨大な遺跡のようだ。
アニメーションという絵空事の手法を用いながら、そこに宿る重厚で湿った空気感は、もはや実写映画のそれを遥かに超えた異様なリアリズムを帯びている。この圧倒的な映像世界を裏から支え切ったのが、当時設立されたばかりのアニメーション制作会社・IGタツノコ(現・Production I.G)の若き狂気たちである。
「アニメの嘘っぱちを捨てて、本気でポリティカル・フィクション(戦争)を撮る。しかもロボットはほとんど動かさない」。そんな監督の無茶苦茶なオーダーに対し、彼らは当時のセルアニメーションの常識を根底から覆す「レイアウトシステム」の確立という、変態的な技術的アプローチで応えてみせた。
従来のアニメ的な平面の嘘を排し、広角レンズ特有のパースの歪みや、望遠レンズによる強烈な圧縮効果(背景が被写体に異様に迫ってくる感覚)を、アニメーターたちが画面設計の段階でミリ単位で計算し尽くして“絵”として構築したのだ。
さらに極端なロングショットや、逆光を多用したハイコントラストな画面構成、そして監視カメラやガンカメラの無機質な視点を執拗に挟み込むことで、観客をレンズ越しに観測される側(あるいは傍観者)へと強制的に組み込んでいく。
水面の鈍い揺らぎ、鳥の群れの不吉な羽ばたき、重武装のヘリコプターが巻き起こす風圧。そこに確かな重力と空気が存在することを証明するための、病的とも言えるディテールの積み重ね。
この異常なまでの画面への執着が、巨大なレイバー(ロボット)同士の派手なプロレス的乱闘を極力封印しながらも、都市空間がゆっくりと変容していく様そのものを、観る者の胃をギリギリと締め上げるような極上のサスペンスへと変質させている。
戦後日本という“幻”の臨界点と、川井憲次の呪術的スコア
僕がこの映画で最も恐ろしく、そして最も美しいと思うのが、川井憲次の静謐で呪術的な音楽(ミニマルな鐘の音とコーラス)が静かに鳴り響く中、雪の降る東京の街角に迷彩色の自衛隊車両が鎮座し、そのすぐ横をサラリーマンや学生たちが何事もないかのように淡々と歩いていくシークエンスだ。
非日常の極みであるはずの「戦争」と、日常としての「平和な風景」が、境界線も摩擦熱も一切生むことなく、完全に同一のフレームの中に収まってしまった異常な光景。
見慣れた東京の街を雪で覆い隠すことで異国のように見知らぬ風景へと変容させ、そこに銃を持った兵士をオブジェのように配置する。戦後日本が陥った感覚の麻痺、平和ボケの極致を、どんな説明的な台詞よりも雄弁に、そして残酷に物語っている。
テレビのニュース映像や街頭の大型ビジョン、無数のモニター群。劇中に溢れるこれらの装置は、現実を正確に伝えているふりをして、実は現実をモニターの向こう側の「安全なフィクション」へと変換し、市民から当事者意識を根こそぎ奪っていく機能装置である。これは、私たちがスマートフォン越しに世界の悲劇をスクロールして消費している現代のSNS社会と完全に符合する。
柘植が行った幻の空爆や、飛行船を使ったジャミングというテロ行為は、日本人が半世紀かけて蓄積してきたこの「偽りの平和の記憶」を強制的にリセットし、自分たちの足元がどれほど脆弱なシステムの上に成り立っているかを自覚させるための、極めて過激でハードボイルドな再起動(リブート)だったのである。
凍てつく都市を焦がす、こじらせた中年たちの狂おしい情念
この重厚極まりないポリティカル・サスペンスを、小難しいだけの退屈な政治映画に終わらせず、生々しい血の通ったエンターテインメントの最高傑作へと昇華させているのが、盟友・伊藤和典による緻密で非情なシナリオだ。
マクロな国家論や都市論が展開されるこの物語の深層には、特車二課第1小隊長の南雲しのぶ(榊原良子)、そしてテロリストである柘植との、極めて大人で、静かに狂おしい恋愛劇が横たわっている。身も蓋もない言い方をすれば、本作は「こじらせた中年たちの壮大な痴話喧嘩」でもあるのだ。
南雲にとって柘植は、かつて激しく愛し合った不倫相手だった。国家の存亡を揺るがす巨大な事件の中心核に、かつて愛した男への断ち切れぬ想いと、警察官としての矜持の狭間で引き裂かれる一人の女性のドロドロとした情念を据えたこと。この極大のマクロ(国家)と極小のミクロ(個人の愛憎)の強烈な結びつきが、本作の底知れぬ凄みを生み出している。
そこに、昼行灯を装った最もヤバい男・後藤という存在が加わることで、その均衡は歪な三角関係に変質する。彼は「過去の亡霊」に囚われた南雲を救うため、自らのキャリアも命も投げ打ち、警視庁上層部、自衛隊、果ては在日米軍すら手玉に取る大立ち回りを水面下で演じる。表向きは飄々とした中年を装いながら、裏では「惚れた女の未練を断ち切らせるため」だけに、ありとあらゆる策謀を巡らせるのだ。
クライマックス、水没した地下トンネルの最深部。後藤は最前線へ向かう彼女に同行せず、「そこから先は、あなたの仕事だ」と告げ、南雲の背中を静かに見送る。柘植に手錠をかけるという凄惨な愛の結末を、国家権力としてではなく、彼女自身のプライベートな決着として委ねたのだ。
国家の欺瞞を撃ち抜く巨大なテロリズムの終着点が、一人の女がかつて愛した男の手にカチャリと手錠をかけるという、極めて個人的で親密な身体的接触に収束していく。
監視社会、情報社会、そして偽装された平和という冷酷なシステムの中で、これほどまでに熱く、そして哀しい情念が燃えたぎっている。この壮大なポリティカル・スケールと、ミニマルで泥臭い個人的な感情の完璧な融合こそが、本作が日本アニメ史上に燦然と輝く「オーパーツ的傑作」として君臨し続ける理由なのである。
参考文献・出典
- 監督/押井守
- 脚本/伊藤和典
- 製作/鵜之沢伸、濱渡剛、石川光久
- 制作会社/Production I.G
- 原作/ヘッドギア、ゆうきまさみ
- 撮影/高橋明彦
- 音楽/川井憲次
- 編集/森田清次
- 美術/小倉宏昌
- キャラクターデザイン/高田明美、ゆうきまさみ
- 作画監督/黄瀬和哉
- 美術監督/小倉宏昌
- 色彩設計/遊佐久美子
- 機動警察パトレイバー the Movie(1989年/日本)
- 機動警察パトレイバー 2 the Movie(1993年/日本)
- Ghost In The Shell 攻殻機動隊(1995年/日本)
- イノセンス(2004年/日本)
- スカイ・クロラ(2008年/日本)
- 機動警察パトレイバー the Movie(1989年/日本)
- 機動警察パトレイバー 2 the Movie(1993年/日本)
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