『キッズ・リターン』──“終わりじゃない”と叫ぶ青春のリフレイン
『キッズ・リターン』(1996年)は、冴えない高校生シンジとマサルの青春を描いた北野武監督の作品である。教師にも見放され、居場所を失った二人は、それぞれボクシングジムと不良グループという異なる環境で生きる道を探していく。社会のはみ出し者としての不安と友情が交錯し、90年代の閉塞した若者像を鮮烈に映し出す。
死から生への転換点
バイク事故によって生死の境を彷徨った北野武が、1994年に顔面麻痺の状態で復帰会見を行ったとき、その姿は痛々しく、見ていて辛かった。
コメディアンにとって最も屈辱なのは、同情されてしまうこと。彼がどんなギャグを放ったとしても、顔面に痙攣が走るたびに、観客は笑いに急ブレーキをかけてしまう。
本来ならば、自らの身障さえも笑いのネタに昇華できるはずの北野武にとって、これは深刻な事態だっただろう。まさに「同情するなら笑いをくれ!!」──お笑い芸人として、あまりに大きな十字架を背負うことになってしまったのである。その復帰第一作として撮られたのが、『キッズ・リターン』(1996年)だった。
それまでのキタノ映画は、『3-4×10月』(1990年)や『ソナチネ』(1993年)のように、虚無感の向こう側に“死”の影を匂わせてきた。
柳ユーレイ演じる主人公は「己の生きる意味」を問うためにトラックで爆死し、『ソナチネ』のたけしは笑顔でこめかみに銃を突きつけた。死は安易な「リセットボタン」として描かれてきたのだ。
だが『キッズ・リターン』は違う。北野武は、眼を覆いたくなる暴力描写による「皮膚感覚としての痛み」を放棄し、「生きることそのものの痛み」、「青春そのものの痛み」を語り始めた。これは、事故を経た彼自身の心象風景の投影でもあったに違いない。
シンジとマサル──袋小路の青春
物語の主人公は、二流高校の落ちこぼれであるシンジとマサル。シンジはボクシングの才能を見いだされてジムに通い始め、マサルはヤクザの世界へ足を踏み入れる。しかし、二人の青春は決して爽やかなグラフティーにはならない。
彼らの歩む道は挫折と焦燥、そして失望に満ちている。教師(森本レオ)からすら「負け犬」と呼ばれてしまう少年たち。社会の踏み台にされ、未来をボロボロにされても、彼らは“死”を選ばない。むしろ「生きること」で己の意味を問い続ける。
この二人の関係は、どこかツービートのメタファーにも見える。シンジの不器用だが天才的な資質は北野武自身を、マサルの社会に適応できず滑落していく姿は相方・ビートきよしを思わせる。芸人としての二人の対比が、シンジとマサルの関係に投影されているかのようだ。
しかし同時に、彼らは90年代の若者の縮図でもある。バブル崩壊後、夢も未来も見いだせない袋小路の青春。学歴社会からはじかれ、組織の中で生きる術を失った者たちの孤独を、シンジとマサルは体現している。
そしてなにより、この物語は北野武自身の投影でもある。死を選ばずに生還した彼は、作品を通じて「負け犬であっても生き続けること」を語ろうとしている。つまり二人の姿には、ツービートの影、世代の閉塞感、そして北野自身の覚悟という、三重のメタファーが重ねられているのだ。
ドライだが温かいまなざし
北野武の視線は、一見するとドライで突き放しているように見える。余計な説明を省き、長回しや沈黙で感情を語らせるそのカメラは、観客に「自分で考えろ」と突き放しているかのようだ。だが、そこには決して冷徹さはない。
彼が描くのは、常に社会からはみ出した者たち──刑事に見放された凶暴な男、死に場所を探すヤクザ、そして学校でも社会でも居場所を失った少年たち。北野は彼らを哀れむことなく、かといって軽蔑することもなく、ただ静かに見守る。落伍者の人生にも価値があるという温かさが、画面の底で確かに息づいている。
そのまなざしの奥には、事故を経験し、死を間近に見ながら生き延びた北野自身の視点が宿っている。死で物語を閉じるのではなく、生き続けてしまう痛みを抱えながらも前に進む──『キッズ・リターン』の少年たちを見つめる眼差しは、まさに「生き延びた者」のそれなのだ。
観客はそこで、突き放される感覚と支えられる感覚を同時に味わう。冷たさと温かさが拮抗するその視線こそが、北野武の映画を唯一無二のものにしている。
ラストシーン──終わりではなく始まり
物語のクライマックス、シンジとマサルは自転車を並走させながら語り合う。
「俺たち、もう終わっちゃったのかなあ」
「馬鹿野郎、まだ始まってもいねえよ」
そうだ、終わってはいない。絶望の只中にありながらも、“希望”という言葉はまだ枯れてはいない。自転車のペダルを踏み込むリズムは、挫折の記憶ではなく再生の予感を刻んでいる。二人の乗る自転車と共に、久石譲のサウンドは死ではなく生へ向かって力強く疾走する。
- 製作年/1996年
- 製作国/日本
- 上映時間/108分
- 監督/北野武
- 脚本/北野武
- プロデューサー/森昌行、柘植靖司、吉田多喜男
- 美術/磯田典宏
- 音楽/久石譲
- 撮影/柳島克巳
- 編集/北野武
- 録音/堀内戦治
- 助監督/清水浩
- 照明/高屋齋
- 金子賢
- 安藤政信
- 森本レオ
- 石橋凌
- 森本レオ
- 山谷初男
- 下絛正巳
- 大家由祐子
- 寺島進
- モロ師岡

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