『ナチュラル・ウーマン』(2009年/流線形)
楽曲背景と意味を深掘り考察・批評・レビュー
『ナチュラル・ウーマン』(2009年)は、クニモンド瀧口によるプロジェクト“流線形”の3作目であり、シンガー比屋定篤子を迎えて制作されたアルバム。70〜80年代のAORやティン・パン・アレーの音楽的遺産をゼロ年代の感性で再構築し、都市の洗練と海辺の温度感が交錯する独自の音世界を作り上げた。制作の発想源には、いしだあゆみ&ティン・パン・アレー『アワー・コネクション』(1977)があり、クニモンドはその質感を現代的サウンドで再翻訳。新曲に加え、大貫妙子や八神純子のカヴァーも収録し、比屋定の透明な声がメロウなグルーヴに溶け込む。
流線形という名の都市型タイムマシン
松任谷由実の大名盤『流線形’80』(1978年)からその名を冠し、70年代から80年代にかけての眩しすぎる都市的感性を現代に蘇らせるソロ・プロジェクト、流線形。
そのフロントマンであるクニモンド瀧口は、シティポップという言葉が一部の愛好家の間でしか囁かれていなかった2000年代初頭から、一貫してこの洗練されたサウンドを鳴らし続けていた。
第1作でサノトモミを、第2作で一十三十一をボーカルに迎え、純度の高いアーバン・ポップを打ち立ててきた彼が、サード・アルバム『ナチュラル・ウーマン』(2009年)で白羽の矢を立てたのが、沖縄出身のシンガーである比屋定篤子。
南国の風を纏った彼女の歌声は、クリスタルのように澄み渡る透明感と、都会の片隅でふと立ち止まるようなさりげない哀しみを同時に内包している。
沖縄の太陽に育まれたサウダージ・ヴォイスが、クニモンドの編み出す極上メロウなトラックと交わった瞬間、海風の匂いが混じる全く新しいサウンドスケープが立ち現れた。音楽の奇跡は、いつだってこうした異質な才能の完璧な出会いから生まれる。
シンセサイザーの艶やかな音色と、血の通った生楽器のグルーヴが奇跡的なバランスで配されたこのアルバムは、聴く者を一瞬にして煌びやかな「TOKYO」の夜へと連れ去ってしまう。
クニモンド瀧口は、音楽というタイムマシンを操り、我々の脳内に眠る都市の記憶を強制的にアップグレードしてしまうのだ。
ティン・パン・アレーの遺伝子と極上のサウダージ空間
クニモンド自身が公言している通り、『ナチュラル・ウーマン』のインスピレーションの源泉となっているのは、いしだあゆみとティン・パン・アレイ・ファミリーがタッグを組んで作り上げた『アワー・コネクション』(1977年)。
十代の頃から、この作品のカセットテープをウォークマンで擦り切れるほど聴き込んだという原体験が、単なる懐古趣味ではない、圧倒的なリアリティを持った音の手触りとしてこのアルバムに注ぎ込まれている。
クニモンド瀧口がここで試みたのは、細野晴臣を中心とするティン・パン・アレーが確立した、弾力のあるベースラインが主旋律を力強く牽引していく構造の、21世紀的再翻訳。
粒立ちの良い低音がうねりを上げ、カッティング・ギターが空間を切り裂き、そこにローズ・ピアノの温かい和音が重なっていく。その極太のグルーヴの上を、比屋定篤子の涼やかなサウダージ・ヴォイスが滑らかに浮遊する。気持ちよくないわけがない!
さらにこのアルバムには、書き下ろしのオリジナル楽曲に加えて、比屋定自身の過去のナンバーや、大貫妙子、八神純子といったシティポップの名曲カバーも収録されている。
オリジナルへのリスペクトに留まらず、完全に流線形のサウンドとして血肉化し、再構築する。これこそが、日本のポップス史が積み上げてきた記憶を未来へと受け継ぐための、極めて批評的かつ肉体的な実践なのだ。
ゼロ年代の終わりに鳴り響いた「再生のポップ」の真髄
サウンドの深層を覗き込めば、そこで鳴っているのは単なる和モノ・レアグルーヴの模倣ではないことがわかる。テンション・コードを多用した洗練された和声の響きは、AOR特有の都会的な陰影を見事に描き出している。
リズム隊のアプローチも秀逸だ。タイトに引き締まったスネアと、タメを効かせたキックが織りなす現代的なビートの土台の上で、うねるようなベースラインがメロディアスに歌い回る。
この強靭で重心の低いボトムスがあるからこそ、シンセサイザーの煌めくようなオブリガートや、幾重にもレイヤーされた極上のコーラス・ワークが、上空で自由に浮遊できるのだ。
楽器の定位や空間の余白の持たせ方、さらにはカッティング・ギターのクリーン・トーンが帯びる絶妙な温度感に至るまで、すべての音符が偏執狂的なまでのこだわりを持って配置されている。
ミックスの解像度も現代的でありながら、その奥底にはアナログレコード特有のふくよかなざらつきや、テープ・コンプレッションを思わせる温かなサチュレーションが確信犯的に共存させられている。
クニモンド瀧口が意識したのは、「懐かしさ」という記号ではなく、音が空気を震わせた瞬間の生々しい「手触り」そのものだったに違いない。
デジタル録音の冷徹な明晰さと、アナログの熱を帯びた生々しさ。相反する二つの要素をひとつの鍋で煮込み、極上のスープとして昇華させたこの音響的マジックには、もはや平伏するしかない!
松任谷由実のアルバム名から始まった「流線形」という都市の物語は、比屋定篤子という無二の歌声を得て、2000年代の東京の夜空に再びまばゆい光を放った。
クニモンド瀧口は、時代ごとの美味しい断片を的確に繋ぎ合わせるDJとして、70年代の夢をゼロ年代の現実へと見事に接続してみせたのだ。
- 1. ムーンライト・イブニング
- 2. あたらしい日々
- 3. 何もいらない
- 4. まわれ まわれ
- 5. オレンジ色の午後に
- 6. サマー・イン・サマー 想い出は、素肌に焼いて
- 7. メビウス
- 8. ナチュラル・ウーマン
- TOKYO SNIPER(2006年)
- ナチュラル・ウーマン(2009年)
- Talio(2020年)
![ナチュラル・ウーマン/流線形と比屋定篤子[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/71kgtPSkYAL._AC_SL1500_-e1707315848609.jpg)
![流線形’80/松任谷由実[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/817PceQsqWL._AC_UL640_FMwebp_QL65_-e1775459929166.webp)
![A MILLION SMILES/比屋定篤子[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/51s4ccoz9TL._AC_UL640_FMwebp_QL65_.webp)
![アワー・コネクション/いしだあゆみ[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/91zKKmZ41QL._AC_SL1500_-e1707048418255.jpg)