極めてオーソドックスな手法でエキセントリックな人間模様を活写する、極限の心理戦
佐藤江梨子が自身のブログで大粒の涙をこぼしている顔写真をアップし、”現代の火野正平”こと市川海老蔵との別離を匂わす文章を綴ったことは記憶に新しい。
しかもエントリーのタイトルが「強がり卒業式」ときたもんだ。己の失恋をも、ひとつの「芸能ニュース」として曝てしまうほどの強烈な自己顕示欲!転んでもタダでは起きないド根性!佐藤江梨子、恐るべし。
で、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007年)である。女性の過剰な自意識やエゴイズムを戯曲化し続けてきた、“演劇界のニュー・カリスマ”本谷有希子が手がけた作品の映画化。
己チューで超ワガママ、でも演技の才能ゼロの女優という最凶ヒロイン澄伽を佐藤江梨子が演じると知り、これはナイスなキャスティングだと唸らされた。
これが劇場用作品第一作となるCM出身の吉田大八監督は、ヒロインのキャスティングについて「まずは、タッパがあって立ち姿がサマになる人が第一条件」とインタビューで語っているが、シナリオ段階ですでに彼女をイメージしてアテ書きしたに違いない!と僕は勝手に確信。
佐藤江梨子という女優は、自身が内包している強烈ナルシズムを、ナイフで切り取ってどろりとさらけ出し、それをお芝居という枠のなかで昇華させてしまう。よって劇内の立ち振る舞い・所作が、全て現実のサトエリとシンクロしてしまうのだ。これは芝居が巧いとか巧くないとかいう問題ではなく、ホントにキャスティングの勝利だと思う。
それに対し、技術で対抗するのが永作博美。田舎に嫁いできた兄嫁役で、絵に描いたような善人と思いきや、その正体はコインロッカーを出自とする宇宙人キャラ!素っ頓狂なトーンで愛くるしい笑顔をふりまき、ある意味で澄伽を凌駕する存在感を見せつける。
佐津川愛美は身長151cmの小さな身体にオタク性を閉じ込め、永瀬正敏はサトエリに文字通り身も心も支配され、金属疲労のごとく精神を消耗していく。
そう、この作品には誰一人マトモな人間が登場しない。共感を覚えるキャラクターを誰一人提出しないことで、ドラマに独特な緊張感と閉塞感を生み出している。
同じくCM→劇場用映画ルートをたどった『嫌われ松子の一生』(2006年)の中島哲也がこの映画を演出していれば、ポップな映像感覚が全編を貫くハッピー・サッド・ムービーに仕上がっていただろう。
しかし吉田大八監督は、CM出身監督らしい映像効果を時折挟み込むものの、極めてオーソドックスな手法でエキセントリックな人間模様を活写する。そこから浮かび上がるのは、極限の心理戦。
チャットモンチーの『世界が終わる夜に』が暗闇の映画館で響き渡る時、我々はこの戦いにまだ終止符が打たれていないことを知るのだ。
- 製作年/2007年
- 製作国/日本
- 上映時間/112分
- 監督/吉田大八
- 脚本/吉田大八
- 原作/本谷有希子
- プロデューサー/柿本秀二、小西啓介、鈴木ゆたか
- 撮影/阿藤正一
- 照明/藤井隆二
- 音楽/鈴木惣一朗
- 録音/矢野正人
- 美術/原田恭明
- 編集/岡田久美
- 佐藤江梨子
- 佐津川愛美
- 永作博美
- 永瀬正敏
- 山本浩司
- 土佐信道
- 上田耕一
- 谷川昭一朗
- 吉本菜穂子
- 湯澤幸一郎
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