獲物の分け前/ロジェ・ヴァディム

『獲物の分け前』──欲望が制度を侵食するブルジョワ幻想

『獲物の分け前』(原題:La Curée/1966年)は、ロジェ・ヴァディム監督がゾラの小説『はらわた』を下敷きに描く不倫劇である。舞台はパリのブルジョワ社会。若い妻ルネと年上の夫、そして愛人マクシムの三角関係が、金と欲望の連鎖の中で崩壊していく。豪奢な屋敷と温室の光が、愛と制度の歪みを照らし出し、やがて誰もが快楽の罠に囚われていく。

ジェーン・フォンダという鏡像

タイトル『獲物の分け前』から想起されるのは、アラン・ドロンやジャン=ポール・ベルモンドのようなマッチョな男たちが登場する犯罪劇だろう。

しかしロジェ・ヴァディムが提示するのは、ゾラ文学を下敷きにした不倫悲劇。舞台はパリのブルジョワ社会。金と欲望が交錯する空間で、人間関係は獲物のように解体され、分配され、消費されていく。

原作『はらわた』の自然主義的視点を引き継ぎながらも、ヴァディムは道徳ではなく官能を中心に据える。そこでは欲望が制度の外側へ溢れ出し、視覚的な快楽が倫理を侵食する。映画は、ブルジョワ社会が生み出す〈美〉と〈退廃〉の均衡を、きわめて映像的な筆致で炙り出していく。

主人公ルネを演じるのは、当時ヴァディムの妻だったジェーン・フォンダ。彼女の身体は、夫のレンズによって徹底的にオブジェ化される。温室に射し込む光、水面のゆらめき、繰り返される鏡像。ヴァディムは肉体を撮ることで、被写体と撮影者の関係を可視化する。

愛の場面は常に演出過剰で、装飾的だ。フォンダが肌を露わにするたび、欲望は純粋な感情から映像的欲求へと変換される。つまりこの映画は、夫が妻を被写体として支配するポルノグラフィー的構造そのものであり、同時にその構造を批評するメタ・エロティカでもある。

フォンダの無表情な眼差しが示すのは、快楽の空虚だ。愛ではなく、愛されることの演出。欲望ではなく、欲望を演じること。彼女は〈撮られる〉ことを通じて、自身の存在を確認する。

愛の制度と崩壊のプロセス

恋人マクシムの部屋を覆うチャイニーズ・テイストの装飾、エスニックな旋律、京劇の仮面。ヴァディムが導入する東洋趣味は、エロスの表面を装飾するための意匠である。

ジェーン・フォンダが顔面パックを施し、マクシムが京劇の衣装で迫る場面は、その象徴的頂点だ。二人は〈仮面を被った者たち〉として交わる。そこでは肉体の触れ合いさえ演技に変わり、文化的引用が感情の不在を覆い隠す。

異国趣味は情念を媒介するどころか、感情の空洞を彩る装飾にすぎない。ヴァディムは、愛の消費社会化をここに視覚的に表現する。

中国風の調度や音楽は、愛が異文化の仮面を被って滑稽化する過程を映し出す。エキゾチシズムは異文化理解ではなく、欲望の演出としての文化利用にほかならない。

物語の帰結は単純だ。若い妻は年上の夫を捨て、愛人に走るが、彼は結局同階層の娘を選ぶ。ルネは孤立し、欲望の熱に焼かれて崩れ落ちる。だがヴァディムの関心は悲劇の因果ではない。彼が描くのは、愛という感情が制度の中でどのように形式化し、商品化されるかという構造である。

愛は契約であり、消費であり、社会的ポジションの再生産にすぎない。フォンダ演じるルネは、その制度からはみ出した瞬間に自我を喪失する。つまり、愛の主体はここには存在しない。あるのは、愛という言葉を通じて自己を演出する人間の虚構だけだ。

ゾラの自然主義が社会構造の暴力を暴いたように、ヴァディムは映像の暴力でその再現を試みる。彼にとって、エロティシズムとは社会的腐敗の可視化にほかならない。

快楽の終焉──映像が残すもの

ヴァディムのカメラは最後まで愛を救済しない。温室の光はやがて冷たくなり、フォンダの身体は被写体ではなく残像となる。美は消費され、快楽は制度に回収される。

残るのは虚ろな静寂と、映像の中に封じられた一瞬の肉体だけ。ヴァディムがこの映画で達成したのは、愛と映像の同一化である。愛は撮影されると同時に死ぬ──それが『獲物の分け前』の核心だ。

ゾラが19世紀に暴いたブルジョワの偽善を、ヴァディムは20世紀的欲望の様式として再構築した。美しさは腐敗の兆候であり、官能は制度の延命装置である。フォンダの微笑みが消える瞬間、観客はそのことを理解する。快楽は常に映像の中でのみ生き延びるのだ。

DATA
  • 原題/La Curee
  • 製作年/1966年
  • 製作国/フランス
  • 上映時間/98分
STAFF
  • 監督/ロジェ・ヴァディム
  • 脚本/ロジェ・ヴァディム、ジャン・コー
  • 製作/ロジェ・ヴァディム
  • 音楽/ジャン・ブシェティー、ジャン・ピエール・ブルテール
  • 撮影/クロード・ルノワール
  • 編集/ヴィクトリア・メルカントン
CAST
  • ジェーン・フォンダ
  • ミシェル・ピッコリ
  • ピーター・マッケナリー
  • ティナ・マルカン