『スター・トレック』(2009年/J・J・エイブラムス)
テーマと意味をネタバレ考察・あらすじ・批評・レビュー
『スター・トレック』(原題:Star Trek/2009年)は、宇宙艦隊士官学校の青年カークとスポックの出会いから始まる、シリーズ再生の物語。未来から来たロミュラン人の介入によって歴史が分岐し、既存の物語とは異なる新たな宇宙が誕生する。監督は『LOST』『ミッション:インポッシブル3』のJ・J・エイブラムス。脚本はアレックス・カーツマンとロベルト・オーチーによるオリジナルで、第82回アカデミー賞でメイクアップ賞を受賞し、シリーズを再起動させた作品として高く評価された。
トレッキーではない者の“まなざし”から
正直に告白しよう。僕は熱心なトレッキーじゃない。
映画版をいくつか観たくらいで、テレビシリーズ『新スタートレック』のピカード艦長を「頭がぴっかりした人」と認識している程度の、極めて雑な知識しかない人間だ。だが、そんな僕でさえ、リブート版『スター・トレック』(2009年)が仕掛けた大胆な構造変革には大いに驚かされた。
制作当時の背景を振り返ると、パラマウント映画は深刻な危機に陥っていた。2002年の映画『ネメシス/S.T.X』が興行的に大惨敗を喫し、2005年にはテレビシリーズ『エンタープライズ』が打ち切られ、この巨大フランチャイズは完全に死に体となっていたのだ。
そこへ救世主として呼ばれた監督のJ・J・エイブラムスもまた、トレッキーではなかった。「子どもの頃は『スター・ウォーズ』派だった」と公言する彼がメガホンを取った事実は、現代ハリウッドのメタ的なアイロニーを象徴している。
ライバル陣営のファンに、自分たちの神殿の建て直しを依頼するようなものだからだ。しかし、この重度の思い入れを持たない「外部からの冷徹な視点」こそが、半死半生だったシリーズを蘇らせる唯一の劇薬となったのである。
タイムトラベルという見事な「ちゃぶ台返し」
過去の遺産をどう扱うか。40年以上にわたって蓄積された分厚いカノンは、熱狂的なマニアを生む一方で、新規ファンを徹底的に拒絶する巨大な壁となっていた。本作はカークやスポックの青年期を描くプリクエルの体裁をとりつつも、その過去の設定に忠実であることをあっさりと放棄している。
そこで脚本のアレックス・カーツマンとロベルト・オーチーが持ち出したのが、タイムトラベルによる「歴史の分岐」という見事なちゃぶ台返しだ。
未来からやってきたロミュラン人・ネロの襲撃によって本来の歴史が改変され、ここから先は「ケルヴィン・タイムライン」と呼ばれる全く別のパラレルワールドになった、と高らかに宣言したのだ。
これにより、既存の熱狂的ファンが愛する世界観を一切否定することなく、新たな歴史を自由に描く白紙のキャンバスを手に入れた。さらに、元の世界の年老いたスポック(レナード・ニモイ)をご本人登場として招き入れることで、新旧キャストの邂逅を実現し、神話の正統な継承儀式を成立させてしまった。
ファンを激怒させずに過去をリセットする、恐ろしく周到で理にかなった免罪符である。
“速度”で神話を再起動する男
エイブラムスの演出哲学をひとことで言えば「速度」だろう。
ジーン・ロッデンベリーが創造したオリジナルの『スター・トレック』は、基本的には潜水艦モノに近い、静的で哲学的な知の議論を重んじる宇宙だった。
しかしエイブラムスは、それを徹底的な「情の宇宙」へと改造した。カメラは常に動き回り、観客が設定に疑問を持つ隙を与えず、次々と見せ場をぶち込んでいく。
視覚的なアプローチも極めて実践的だ。画面を横切る彼特有のレンズフレアを過剰なまでに多用し、エンタープライズ号のブリッジをアップルストアのように白く洗練させる一方で、機関室の撮影にはバドワイザーの実際のビール工場を使用した。これにより、宇宙船の内部に汗と油の匂いが漂うような、地に足の着いたリアリティが生み出される。
また、冷静沈着なスポックと直感で動くカークという、本来なら理知的な対話をするはずの二人を青臭くぶつかり合わせ、胸ぐらをつかみ合う肉弾戦へと引きずり下ろした。
小難しい理屈を吹き飛ばし、スタートレックを自分の大好きなスター・ウォーズ的な、熱狂のスペースオペラへと見事に作り変えてしまったのだ。
終盤、若きクルーたちがエンタープライズ号の所定の位置につき、お馴染みのあのテーマ曲が鳴り響く。その瞬間、細かい辻褄や不満は吹き飛び、観客は理屈抜きで「これでいいのだ!」と納得させられてしまう。この2009年版は、単なるSFアクション映画ではなく、のちのハリウッドにおける完璧なフランチャイズ再生装置の雛形となった。
神聖な古典を完全に壊すことなく、無限のパラレルワールドという名の「永遠に続編を作り続けられるシステム」を完成させたエイブラムスのプロデューサー的感性は、もはや感嘆するほかない。
本作は、トレッキーではない男が、新たなファンを大量に獲得するために組み上げた、巨大で精巧な入門編。古き良き哲学的な深みが薄れたことを嘆くオールドファンもいるだろう。だが、シリーズが現代に生き残るためには、この荒療治が必要だった。
したたかで鮮やかなこの再起動劇に、今はただこう言っておこう。長寿と繁栄を!
参考文献・出典
- 監督/J・J・エイブラムス
- 脚本/ロベルト・オーチー、アレックス・カーツマン
- 製作/J・J・エイブラムス、デイモン・リンデロフ
- 製作総指揮/ブライアン・バーク、ジェイミー・チャーノフ、ロベルト・オーチー、アレックス・カーツマン
- 制作会社/スカイダンス・プロダクションズ、バッド・ロボット・プロダクションズ、パラマウント・ピクチャーズ
- 原作/ジーン・ロッデンベリー
- 撮影/ダン・ミンデル
- 音楽/マイケル・ジアッチーノ
- 編集/メリアン・ブランドン、メアリー・ジョー・マーキー
- 美術/スコット・チャンブリス
- 衣装/マイケル・カプラン
- ミッション:インポッシブル3(2006年/アメリカ)
- スター・トレック(2009年/アメリカ)
- SUPER8/スーパーエイト(2011年/アメリカ)
- スター・トレック(2009年/アメリカ)
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