LOFT/黒沢清

ホラー映画と恋愛映画を越境するクロスオーバー・ムービー

黒沢清は、自ら紡ぐ物語が何かしらのジャンル映画に隷属することに自覚的な映画作家だ。

もしくは、こう言い換えてもいい。トビー・フーパー、ジョン・カーペンター、サム・ペキンパーといった職人映画監督が、70年代に発表したジャンル映画(=アメリカ映画)を現代に蘇らせている作家である、と。それは極めてシネフィル的な振る舞いだ。

ホラー映画と恋愛映画、二つのジャンルを横断する『LOFT』(2006年)は、さらに映画的構造に自覚的な作品といえる。『CURE』(1997年)にせよ、『回路』(2001年)にせよ、これまでの黒沢の諸作では、全ての色の記憶を失ったかのごとく、アンダー気味のブルーがかった映像が、物語から一切の感傷性を奪っていた。

しかし、恋愛映画としての骨格を有している本作では、オープニングから草木萌ゆる美しい深緑が画面を支配し、彩度の高い鮮やかな色彩が映画を覆い尽くしていく(西島秀俊の赤いシャツ、黄色いゴミ袋etc)。後半の中谷美紀と豊川悦司とのラブラブっぷりを描くには、よりエモーショナルな色設計が必要だったのだ。

一転ホラー描写では、小道具としての鏡、バイアスがかかって斜めになった構図、アンダー気味の照明など、黒沢清がこれまで培ってきたアイディアとテクニックの総博覧会という趣き。

中川信夫の怪談映画か!と思うくらいにヒュードロドロ系のベタなBGMが流れるとあっては、ホラー映画という王道フォーマットを、確信犯的に踏襲していると思ってよろしかろう。

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豊川悦司のオブセッションが現実世界と混濁していく後半部分は、正直ストーリー的によく分からなくなってくるんだが、それはホラー映画と恋愛映画という二つのジャンルが混濁していくプロセスでもある。

最後の方で豊川悦司がミイラに対して叫ぶ「動けるんだったら最初からそうしろ!」というセリフなんぞ、翻訳すれば「ホラー映画なんだし、お前一応ミイラっていう設定なんだから、早く動いたってくれや!お客さんもソレ期待してるんだし。もう!」ということになる訳で(ならないかもしれませんが)、もはや映画自身がホラー映画であることに自己言及しているフェーズに到達しているのだ。

この映画のレビューに関しては、僕自身も何かしらのオブセッションに取り憑かれているのではないか、と思うくらいに根拠レスな暴論を吐いているのかもしれない。

しかし、『LOFT』は単に多様な読みを受け入れる作品なのではなく、ジャンル映画に自覚的な黒沢清が複数のジャンルをクロスオーバーさせた結果、映画構造そのものに自覚的(=メタ映画)になってしまった作品のように思える。

考えてみれば主演の中谷美紀と豊川悦司が、ホラー映画と恋愛映画を越境できる、数少ない俳優ではありませんか。

DATA
  • 製作年/2006年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/115分
STAFF
  • 監督/黒沢清
  • 製作/ジェイソン・チェ、高田真治、細野義朗、気賀純夫、神野智、石橋健司
  • プロデューサー/佐藤敦、神蔵克、下田淳行、レオ・キム
  • 企画/奥田誠治
  • 脚本/黒沢清
  • 撮影/芦澤明子
  • 美術/松本知恵
  • 編集/大永昌弘
  • 音楽/ゲイリー芦屋
  • 照明/長田達也
  • 録音/深田晃
CAST
  • 中谷美紀
  • 豊川悦司
  • 西島秀俊
  • 安達祐実
  • 鈴木砂羽
  • 加藤晴彦
  • 大杉漣

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