ジャック・タッチが18億円もの私財を投じて創り上げた、オール・ハンドメイド・シティー
絵本作家・安野光雅の作品が好きで好きで、特に世界各国を一緒に旅していくような楽しみに満ちた『旅の絵本』が、マイ・フェイバリット・ブックだった。
ページをめくるたびに、悠然としたアメリカの風景や風光明媚なヨーロッパの街並みが目に飛び込んで来る。名も知らぬ市井の人々が、時間経過と共に様々な表情を覗かせる。この絵本には、何百人という名もなき人間たちのドラマが凝縮していた。
『プレイタイム』(1967年)を観て最初に感じたのは、「これは『旅の絵本』の実写版だなー」ということ。主軸となるストーリーも主役もナシ。’60年代のパリを舞台に、様々な人間模様がスケッチ風に素描されている、ただそれだけ。
もちろん、監督が『ぼくの伯父さん』(1958年)で名声を博したジャック・タチであるからして、そのタッチはシュールなユーモア感覚満載。
彼自身、お馴染みのオトボケキャラ「ユロ氏」を演じており、彼が画面のどこにいるかを探すというのも、『旅の絵本』的な愉しみ方だ。
おそらくジャック・タチは、映画という枠を超えて、自分自身にとってのアミューズメント・パークを創造したかったんではないか。実はこの映画で登場するパリの街並みは、ロケではなくセットである。
ジャック・タチが18億円もの私財を投じて「タチ・ヴィル」なる巨大なセットをパリ郊外に作り(その大きさ、何と2500平方メートル!!)、高画質の70mmフィルムを使用して撮影を行ったのだ。
全ての俳優のパントマイムはタチ自ら振り付け、フューチャリスティックかつモダンな建築様式のアパルトマンやレストランは、鋭敏なモダニストであったタチのセンスがふんだんに盛り込まれている。
この架空のパリは、完全主義者ジャック・タッチによるオール・ハンドメイド・シティーだ。そこに定点的に設置されたカメラの映像を、我々は眺める権利を得たんである。
高度にオートメーション化された都市生活。明け方まで続くフレンチ・レストランのバカ騒ぎ。ロータリーでは、まるでメリーゴーラウンドのように、たくさんの自動車がくるくると回転している。
かの蓮實重彦先生も、『プレイタイム』に対してこんなコメントを残されております。
無言のタチは、何食わぬ素振りで、画面一杯に映画を炸裂させる。この魔術に、抵抗は無用だ!
興行的には惨敗を喫してしまい、タチは破産に追い込まれてしまった訳だが、2年間という製作期間、彼は自らのアミューズメント・パークにどっぷり浸ることができて、幸せだったんではないか。
まさにプレイタイムなひとときであった事と、推察いたします。
- 原題/Play Time
- 製作年/1967年
- 製作国/フランス
- 上映時間/125分
- 監督/ジャック・タチ
- 脚本/ジャック・タチ
- 製作/ベルナール・モリス
- 撮影/ジャン・バダル、アンドレア・ウィンディング
- 美術/ウジェーヌ・ロマン
- 音楽/フランシス・ルマルク
- ジャック・タチ
- バーバラ・デネック
- ジャクリーヌ・ル・コンテ
- ヴァレリー・カミル
- ジョルジュ・モンタン
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