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スター・トレック/J・J・エイブラムス

『スター・トレック』──神話を“再起動”したJ・J・エイブラムスの革命

『スター・トレック』(原題:Star Trek/2009年)は、宇宙艦隊士官学校の青年カークとスポックの出会いから始まる、シリーズ再生の物語。未来から来たロミュラン人の介入によって歴史が分岐し、既存の物語とは異なる新たな宇宙が誕生する。監督は『LOST』『ミッション:インポッシブル3』のJ・J・エイブラムス。脚本はアレックス・カーツマンとロベルト・オーチーによるオリジナルで、第82回アカデミー賞でメイクアップ賞を受賞し、シリーズを再起動させた作品として高く評価された。

トレッキーではない者の“まなざし”から

僕は熱心なトレッキーではない。ごく普通のSFファンとして、いくつかの映画版を観た程度の人間だ。テレビシリーズ『宇宙大作戦』も断片的な記憶しかないし、『新スタートレック』のピカード艦長を“頭がぴっかり”と形容するくらいの雑な理解度である。

だがそんな僕でさえ、この『スター・トレック』(2009年)には驚かされた。監督J・J・エイブラムスが、“過去の遺産の再利用”という呪縛から解き放つために、どれほど大胆な構造変革を試みたか。それを理解するだけでも、この作品は十分に刺激的だ。

彼自身、もともとトレッキーではなく、『スター・ウォーズ』に夢中だった少年だったという。そんな彼が、この古典的シリーズを手がけるという事実こそ、現代ハリウッドのメタ的アイロニーを象徴している。つまり、神話の後継者が、異なる神話体系の信者だったということだ。

2009年版『スター・トレック』は単なるプリクエルではない。カーク、スポック、マッコイらの青年期を描きながらも、既存シリーズの前史に忠実であることをあえて拒む。そのために導入されたのが、タイムトラベルによる“歴史の分岐”という設定だ。

未来からやってきたロミュラン人の介入によって、本来の歴史が改変され、世界そのものがパラレル化する。つまり、この映画の宇宙は既存シリーズとは異なる“もうひとつのスタートレック世界”である。

エイブラムスはこの設定をもって、リブートと続編の中間に立つ新しい語りの地平を切り拓いた。過去を否定せず、しかし従属もしない。その立場はまさに〈リ・イマジネーション〉(再創造)だ。

老年期のスポックと青年期のスポックが同一時間軸上で邂逅するという大胆なシークエンスは、タイムパラドックスの混乱を超えて、シリーズの象徴的継承儀式として成立している。そこにあるのは論理ではなく、神話の継承だ。

J・J・エイブラムス──“速度”で神話を再起動する男

エイブラムスの演出哲学をひとことで言えば、“速度”である。『LOST』や『ミッション:インポッシブル3』でも顕著だったように、彼のカメラは常に動き、カットは観客の思考を追い越すように積み重ねられる。

彼にとって重要なのは、物語の意味ではなく、その駆動力だ。『スター・トレック』でも同様で、従来シリーズの持ち味だった静的な知的対話や哲学的議論は抑えられ、代わりに若きクルーたちの肉体と感情が前面に出る。

宇宙船同士の心理戦よりも、拳が飛び交う肉弾戦。だがそれは単なるアクション志向ではない。エイブラムスは“知の宇宙”だった『スター・トレック』を、“情の宇宙”へと転換したのだ。理性の宇宙を感情の速度で塗り替えること──それが彼のリブート戦略である。

エイブラムスが目指したのは、スタートレック神話を“スター・ウォーズ的熱狂”で再生させることだった。彼は冷静な理性よりも感情の奔流を信じる監督であり、カークとスポックという対照的な二人の青年像に、〈理性と本能〉の対立を再構築する。

オリジナルシリーズでは哲学的対話を担ったこの二人が、ここでは衝突し、嫉妬し、友情を築く。観客はその感情の振幅を通じて、シリーズの再出発を体験することになる。つまりこの映画は“ファンのための作品”ではなく、“ファンになるための作品”として設計されているのだ。

エイブラムスはトレッキーではなかったからこそ、神話を一から作り直すことができた。もしルーカスが『スター・ウォーズ』で神話を構築したのだとすれば、エイブラムスはその神話をリブートする時代のルーカスである。

『スター・ウォーズ』を愛した少年が、『スター・トレック』で神話を再起動する。そこにハリウッドの世代交代が見える。

長寿と繁栄を──再生したシリーズへの祈り

物語の終盤、若きクルーたちがエンタープライズ号に乗り込み、未来への航路を定める。そこで初めて響く“あのテーマ曲”の瞬間、観客は過去と未来が結ばれる音を聞く。

すべてが新しく、すべてが懐かしい。『スター・トレック』というシリーズは、いまや単なる続編ではなく、無限の分岐を内包したメタ・フランチャイズとして存在している。

エイブラムスは、マーケティングと創造性、プロデューサー的合理性と監督的情熱を兼ね備えた稀有な作家だ。彼が築いた“自由なパラレル構造”は、シリーズを永遠に更新可能なシステムへと変えた。

その意味で、2009年版『スター・トレック』は単なるリブート映画ではなく、〈再生装置としての映画〉である。古典を生かしながら新しい神話を紡ぐ――このプロジェクトの航海はまだ始まったばかりだ。願わくば、エンタープライズ号の航路に“長寿と繁栄を”。

DATA
  • 原題/Star Trek
  • 製作年/2009年
  • 製作国/アメリカ
  • 上映時間/126分
STAFF
  • 監督/J・J・エイブラムス
  • 製作/J・J・エイブラムス、デイモン・リンデロフ
  • 製作総指揮/ブライアン・バーク、ジェイミー・チャーノフ、ロベルト・オーチー、アレックス・カーツマン
  • 原作/ジーン・ロッデンベリー
  • 脚本/ロベルト・オーチー、アレックス・カーツマン
  • 撮影/ダン・ミンデル
  • 美術/スコット・チャンブリス
  • 音楽/マイケル・ジアッチーノ
CAST
  • クリス・パイン
  • ザッカリー・クイント
  • エリック・バナ
  • ブルース・グリーンウッド
  • カール・アーバン
  • ゾーイ・サルダナ
  • サイモン・ペッグ
  • ジョン・チョウ
  • アントン・イェルチン
  • ベン・クロス
  • ウィノナ・ライダー
  • クリス・ヘンズワース
  • ジェニファー・モリソン