『インランド・エンパイア』(2006)
映画考察・解説・レビュー
『インランド・エンパイア』(原題:Inland Empire/2006年)は、デヴィッド・リンチ監督が脚本を持たずに撮影した異色作である。ハリウッド女優ニッキー(ローラ・ダーン)は新作映画の撮影中、次第に現実と虚構の境界が曖昧になっていく。ウサギの仮面をつけた奇妙な存在、崩壊する時間軸、そして繰り返される“トラブルに陥った女”の物語。観客は彼女とともに、現実と夢の迷宮を彷徨うことになる。
脳髄を犯す、デジタル・ビデオの悪夢
『インランド・エンパイア』(2006年)とはなにか。それは、3時間におよぶ拷問であり、セラピーであり、そしてデヴィッド・リンチという一人の芸術家が、ハリウッドという巨大産業に向けて中指を立てた、史上最も凶悪なテロリズムである。
シナリオなし。照明なし。メイクアップなし。しかも撮影に使われたのは、ソニーのDSR-PD150。当時のテレビ取材やハイアマチュアが使っていた、ごく一般的なDVカメラなのだ。だから当然、画面は汚いし、暗いし、粒子も荒れている。
2006年といえば、映画界がHDへと舵を切り、「より鮮明に、より美しく」を競っていた時代。その中で、リンチはあえて解像度という“リアリティ”を捨て、ピクセルの粗さという“悪夢の質感”を選んだ。
暗闇で完全に潰れる黒、照明の光で白飛びする顔。この見えなさこそが、本作の恐怖の源泉だ。高画質な映像は隅々まで情報を伝えてしまうが、荒れたDV映像は、情報の欠落部分に観客の“妄想”を住まわせる。
さらに驚くべきは、その制作体制だ。リンチは毎朝、思いついたシーンをメモに書き、それを俳優に渡して即興で演じさせた。撮影は週末ごとに行われ、完成までに費やされた期間はなんと3年。これは映画製作というより、終わりのない週末の趣味であり、巨大な自主制作映画だ。
そのDIY精神は、宣伝活動において伝説的な頂点を迎える。配給会社を通さず、自ら権利を買い取ったリンチは、ハリウッドの交差点に椅子を置き、なんと一頭の乳牛を連れて座り込んだ。
横には「アカデミー賞会員の方へ」と書かれた看板。道行く人々が「なぜ牛なんですか?」と尋ねると、彼は「チーズがないと、牛もいない(Without cheese there wouldn’t be any cows)」と禅問答のような答えを返したという。
まったくもって、意味不明なり。だが、これこそが『インランド・エンパイア』なのだ。 巨大資本(スタジオ)に頼らず、たった一人(と牛一頭)で世界に対峙する。この映画は、リンチが誰の指図も受けずに建設した、完全なる個人の帝国なのである。
3時間の人格崩壊ショーと、アバターとしてのローラ・ダーン
この帝国の主役にして、最大の犠牲者がローラ・ダーンだ。
『ブルー・ベルベット』(1986年)、『ワイルド・アット・ハート』(1990年)と、リンチの狂気を共に歩んできた彼女だが、本作での扱いはもはや虐待に近い。
彼女が演じるのは、落ち目の女優ニッキ。彼女は「呪われている」と噂される映画のリメイク版の主役に抜擢されるが、撮影が進むにつれ、演じている役スーザンと自分自身の境界線が崩壊していく。
極端なクローズアップで映し出される彼女の顔面。歪んだ口元、恐怖に震える瞳、毛穴の一つ一つまでが、DVカメラの荒い粒子で強調される。 リンチは彼女を、まるでフランシス・ベーコンの絵画のように、人間の顔が崩れ落ちる瞬間の“肉の叫び”として捉えているのだ。
ダーンは、時空を超え、役柄を変え、ロサンゼルスの豪邸からポーランドの雪景色までを放浪する。 彼女はもはや一人の人格を持ったキャラクターではない。デヴィッド・リンチというプレイヤーが操作するアバター(分身)だ。観客は彼女の視点を通じて、リンチの脳内にある恐怖、暴力、セックスの断片を強制的に追体験させられる。
特に凄まじいのが、彼女が顔面から血を流しながら、道端のホームレスたちに「私の話を聞いて!」と語りかけるシーン。周囲の女たちは彼女の死に際になど興味を持たず、どうでもいい世間話を続ける。
この圧倒的な、断絶。ハリウッドという夢の工場が、いかに個人の魂をすり潰し、消費し、ゴミのように捨てる場所であるか。その冷酷な真実を、リンチはダーンの“崩壊”を通じて告発しているのだ!
ウサギ、シットコム、そして終わらないインスタレーション
そして、本作を語る上で避けて通れないのが、あの不気味すぎるウサギ人間たち。薄暗いリビングルームで、ソファに座る3匹の人型ウサギは、「今は何時?」「誰も知らない」と、意味不明な会話を交わす。
背後からは、まるでテレビのシットコムのように、タイミングのズレた録音笑いが流れる。 笑うところなど一つもないのに、ドッという笑い声が響く。この違和感が、生理的な恐怖を呼び起こす。
このウサギたちは、リンチがWeb用に制作した短編『Rabbits』からの流用だが、本作では「現実と虚構をつなぐポータル」として機能している。『不思議の国のアリス』の白ウサギは少女をワンダーランドへ導いたが、リンチのウサギは観客を意味の消失点へと突き落とす。
コメディという、本来なら最も安心できるはずのフォーマット(リビング、家族、会話、笑い声)を使いながら、そこから「意味」と「温もり」だけを抜き去る。
残るのは、空虚な形式と、冷たい狂気だけだ。 これはリンチ流の「ホームドラマの解体」であり、我々が信じている「日常」がいかに脆い土台の上に成り立っているかを突きつける刃なのだ。
結局のところ、この映画に「あらすじ」を求めること自体が間違っている。 これはシネコンで流れる映画の皮を被った、巨大な映像インスタレーション。美術館で、脈絡のない映像の洪水を浴び続けるように、我々は3時間、思考を停止させられ、ただただ「不安」という感情の波に溺れることを強要される。
物語を追うな。感染しろ。それが、この帝国の唯一の歩き方なのだ。
- 監督/デヴィッド・リンチ
- 脚本/デヴィッド・リンチ
- 製作/デヴィッド・リンチ、メアリー・スウィーニー、フレッド・カルーソ
- 撮影/オッド・イエル・サルテル
- 音楽/デヴィッド・リンチ
- 編集/ジョナサン・レイ
- イレイザーヘッド(1977年/アメリカ)
- エレファント・マン(1980年/イギリス、アメリカ)
- デューン 砂の惑星(1984年/アメリカ)
- ブルーベルベット(1986年/アメリカ)
- ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間(1992年/アメリカ、フランス)
- ロスト・ハイウェイ(1997年/アメリカ)
- ストレイト・ストーリー(1999年/アメリカ)
- マルホランド・ドライブ(2001年/アメリカ)
- インランド・エンパイア(2006年/アメリカ)
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