『ターミネーター:ニュー・フェイト』(2019)
映画考察・解説・レビュー
『ターミネーター:ニュー・フェイト』(原題:Terminator: Dark Fate/2019年)は、SF映画の金字塔を打ち立てたターミネーターシリーズの第6作目。ジェームズ・キャメロンが自らプロデュースに復帰し、『デッドプール』のティム・ミラー監督と共に「T2」以降の物語を白紙に戻して放った野心作。アーノルド・シュワルツェネッガー演じるT-800の意外な変容を提示し、人間とマシンの境界線を問い直す。
ジョン・コナーという聖域の破壊とキャメロンの残酷な計算
『ターミネーター:ニュー・フェイト』(2019年)は、驚愕のシーンで幕を開ける。
1998年のグアテマラ。浜辺のバーでくつろぐサラ・コナーとジョン・コナーの元に、突如T-800が現れ、無慈悲にジョンの胸にショットガンを撃ち込む。
『ターミネーター2』(1991年)でサラたちが流した血と汗と涙、そしてシュワルツェネッガーが溶鉱炉に沈んでまで守った未来のすべてを「無意味だった」と否定する、究極のニヒリズム!
しかし、この残酷なプロットを提案したのは誰あろう、シリーズの生みの親であるジェームズ・キャメロン本人だった。制作背景を探ると、そこには彼なりの冷徹な計算が見えてくる。
『ターミネーター3』(2003年)以降の続編が失敗し続けた理由は(僕はパート3を高く評価する者でありますが)、「ジョン・コナーが救世主になる」という決定事項に縛られすぎていたから。キャメロンは、シリーズを再起動させるためには、この聖域を破壊し、物語の構造を根本からリセットする必要があると判断したのだ。
ジョンの死によって、シリーズはサラ・コナーの物語へと強制的に引き戻される。これまでジョンを産むための聖母として扱われてきたサラが、息子を失うことで、復讐のためだけに生きる鬼神へと変貌する。
リンダ・ハミルトンが28年ぶりに演じるサラの、あの刻まれた深いシワと、砂利を噛むような低い声。彼女はターミネーター狩りを生きがいとする、アルコールと怒りに浸かった戦う老婆として帰還した。
彼女がロケットランチャーをぶっ放す姿には、『ターミネーター2』の輝かしいヒロイズムはなく、終わらない戦いに疲弊した兵士の悲哀だけが漂っている。
この神殺しは、シリーズが抱えていた男尊女卑的な救世主構造への自己批判でもある。未来を救うのは常に男性(ジョン)であり、女性(サラ)はその器に過ぎないという古い図式を、キャメロンと監督のティム・ミラーは破壊しようとした。
新たな救世主となるダニ・ラモス(ナタリア・レイエス)を含め、主要キャストを女性で固めたこのシフトチェンジは、昨今のウォーク的ポリティカル・コレクトネスだと批判されることもある。
だが、キャメロンの意図はもっと根源的だ。男たちが作ったテクノロジーを破壊するのは、常に生命を産み出す女性でなければならないという、彼特有のフェミニズム神話への回帰なのである。
しかしその代償として失ったファンの信頼は、あまりにも大きすぎた。
ティム・ミラーの美学と現場の確執
本作のアクション演出を担ったのは、『デッドプール』(2016年)で鮮烈なデビューを果たしたティム・ミラー。彼の起用は、シリーズに現代的なVFXのスピード感と、肉体的な痛みを持ち込むためだった。
その象徴が、未来から来た強化人間グレース(マッケンジー・デイヴィス)。彼女はこれまでの守護者(シュワルツェネッガー)のような無敵のサイボーグではない。薬物を投与し、自らの寿命を削って代謝を上げ、短時間だけ超人的な力を発揮する、痛々しいほどに生身の人間だ。
彼女のアクションは重力に逆らうようなアクロバティックなものだが、そこには常に限界が付きまとう。戦闘後に代謝が急上昇し、高熱を出して倒れ込み、インスリンのように薬を必要とする姿。
『ターミネーター2』のT-800が無敵の盾だったのに対し、グレースは壊れかけの盾だ。この肉体の痛みと消耗描写こそが、本作のアクションに切実な緊張感を与えている。
対する敵役、最新型ターミネーターRev-9(ガブリエル・ルナ)の造形も秀逸だ。T-1000の液体金属と、T-800のエンドスケルトンを併せ持ち、なんとその二つが分離して2体となって襲ってくる。1体でも厄介なのに、分離して連携攻撃を仕掛けてくる絶望感ったら!
しかも、Rev-9は笑顔を作り、愛想よく振る舞い、人間に擬態して社会に入り込む。この愛想の良さこそが、現代AIの恐怖だ。暴力ではなく、コミュニケーションで人間を騙し、懐に入り込んでから殺す。ガブリエル・ルナの、あえて威圧感を消した隣のお兄ちゃん的ルックスが、その不気味さを増幅させる。
しかし、こうした現場のクリエイティビティの裏で、製作総指揮のキャメロンと監督のミラーの間には、深刻な確執が生じていた。報道によれば、編集段階でキャメロンが強権を発動し、ミラーの意図とは異なるカットを多用したり、物語のトーンを変更したりしたという。
特に、後半のアクションシーン(ダムでの水中戦や輸送機内バトル)におけるCGの粗さや、物語の強引な展開は、船頭多くして船山に登る状態の弊害だろう。
グレースやRev-9という素晴らしい素材がありながら、それを料理する段階でレシピが書き換えられ、結果として「どこか見たことのある凡庸な大作」に着地してしまった感は否めない。
それでも、マッケンジー・デイヴィスの長身から繰り出される悲壮なアクションと、リンチのように老いを晒すリンダ・ハミルトンの存在感だけは、この映画の中で本物の輝きを放っている。
学習するAIと贖罪のパラドックス
もうひとつ、この映画の重要ポイントが、アーノルド・シュワルツェネッガー演じるT-800、通称カールだ。
彼は冒頭でジョンを殺した後、任務を完了して目的を失い、スカイネットも消滅したため、帰還することもできずに人間社会に潜伏していた。しかも彼が選んだ職業は、カーテン屋(ドレープ業者)だった!
テキサスで一番の腕利き職人として評判になり、DV被害に遭っていた母子を保護し、肉体関係のない夫として、良き父として暮らす。「カーテンの柄を選ぶなら、部屋の採光と家具の色を考慮しろ」「このチェック柄は秋の新作だ」と真顔で語るT-800。このシュールすぎる設定に、さすがに僕も劇場で観ていてアセったものだ。
だが、これはキャメロンが長年温めていた「AIは自律的に道徳を学習できるか?」というテーマの究極形であり、ある意味で最もSF的なアプローチともいえる。
プログラムから解放されたAIが、人間との生活を通じて命の重さを学び、かつて自分が奪ったジョンの命の重さを理解し、後悔を抱くに至る。
「ジョンのことはすまなかった」とカールが謝罪するシーンこそ、シリーズが35年かけて到達した特異点だ。サラ・コナーが彼に銃を向け、「お前を絶対に殺す」と告げても、彼はそれを受け入れる。ここにあるのは、機械と人間の友情を超えた罪と贖罪のドラマだ。
カールは、自分がサラにとって憎悪の対象でしかないことを理解している。だからこそ、彼はダニを守るために、自らの身を捧げることを論理的結論として選択する。
ラストシーン、Rev-9と共に発電所のタービンへ落ちていくカール。その最期は『ターミネーター2』のようなサムズアップによるヒロイズムではない。「For John(ジョンのために)」という最後のメッセージと共に、静かに機能を停止する、罪の清算だ。
アーノルド・シュワルツェネッガーという俳優もすっかり老いてしまった。その老いを隠さず、白髪の髭を蓄え、哀愁を漂わせる彼の姿は、自身のキャリアと、このシリーズへの別れの挨拶そのもの。
『ターミネーター:ニュー・フェイト』は、全世界興行収入で損益分岐点を割る大赤字となり、予定されていた新3部作の構想は白紙となった。
だが、それはある意味で正しい結末だったのかもしれない。
ジョン・コナーを殺し、シュワルツェネッガーを看取ったこの映画こそが、延命治療を続けてゾンビ化していたシリーズを安らかに眠らせるための、最も残酷で、最も愛のあるレクイエムだったのだ。
- 監督/ティム・ミラー
- 脚本/デヴィッド・ゴイヤー、ジャスティン・ローズ、ビリー・レイ
- 製作/ジェームズ・キャメロン、デヴィッド・エリソン
- 製作総指揮/ダナ・ゴールドバーグ、ドン・グレンジャー、エドワード・チェン、ジョン・J・ケリー、ティム・ミラー、ボニー・カーティス、ジュリー・リン
- 制作会社/パラマウント・ピクチャーズ、スカイダンス・メディア、20世紀フォックス
- 原作/ジェームズ・キャメロン、チャールズ・イグリー、ジョシュ・フリードマン、デヴィッド・ゴイヤー、ジャスティン・ローズ
- 撮影/ケン・セング
- 音楽/ジャンキーXL
- 編集/ジュリアン・クラーク
- 美術/ソーニャ・クラウス
- 衣装/ナイラ・ディクソン
- SFX/エリック・バーバ
- ターミネーター:ニュー・フェイト(2019年/アメリカ)
- ターミネーター(1984年/アメリカ)
- ターミネーター2(1991年/アメリカ)
- ターミネーター3(2003年/アメリカ)
- ターミネーター4(2009年/アメリカ)
- ターミネーター:新起動/ジェニシス(2015年/アメリカ)
- ターミネーター:ニュー・フェイト(2019年/アメリカ)
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