サンプリングとリミックスを駆使したMTV的感覚。ダーレン・アロノフスキーの記念すべき処女作
「デヴィッド・リンチとキューブリックの世界を合わせもつ」と絶賛され、’98年のサンダンス映画祭で最優秀監督賞を受賞。弱冠29歳のニューヨーカー、ダーレン・アロノフスキーはわずか6万ドルという低予算で『π』(1998年)をつくりあげた。
「世の中のあらゆる事象は数学的パターンに置き換えられる」という信条を持つ天才数学者マックス・コーエンを主軸に、幻覚にも似たパラノイアックなストーリーが展開する。
しかし私見ながら、ダーレン・アロノフスキー監督の資質は明らかにデヴィッド・リンチやスタンリー・キューブリックとは違うように思う。内臓器官のようにのたうつコンピュータケーブルや、人間の脳(?)に蟻が這いつき回るショットなどには、リンチの『イレイザーヘッド』(1977年)にも通ずるアングラ的感性は感じるものの、アロノフスキーはよりデジタルな感性を持ったクリエイターである。
もしリンチがこの作品を監督していたならば、『π』はよりフリークス偏愛主義的映画(主人公マックスの苦悩をよりフォーカス)になっていただろうし、キューブリックがこの作品を監督していたならば、『π』はよりロジカルでシンメトリーな映画になっていただろう。
ダーレン・アロノフスキーの手法は、同じ映像を反復することによって観る者の脳に直接プラグ・インする、典型的なドラッグ・ムービーである。ざらついたモノクローム映像、ハイスピードなカット割り。
さらにはマッシヴ・アタック、エイフェックス・ツイン、ロニ・サイズといった、エレクトロニカの超強力スクラムによるテクノサウンドが、ノイジーで無機質な世界観を浮き上がらせる。サンプリングとリミックスを駆使したMTV的感覚こそが、アロノフスキーの身上なのだ。
この映画の最大の不満は、『π』という数学的な神秘をロジカルに描ききれなかったことにある。「3.14159…」と永久に続く円周率は、最も単純な図形である円に潜む混沌としたカオスのハズ。
しかしこの映画では、世の中すべての事象をすべて説明できるという「216文字」を発見する過程すら狂気と混乱に満ちており、数学的に物語が収束しないのである。
理性が段々と狂気に蝕まれるのではなく、最初から最後までドラッグ・ムービーのテンションで突っ走ってしまった『π』。理性と狂気が整然と存在していた、巨匠スタンリー・キューブリックの作品群、あるいは執拗に狂気を突き詰めていく鬼才デヴィッド・リンチの作品群に比べると、やはり見劣りしてしまう。
- 原題/π
- 製作年/1998年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/85分
- 監督/ダーレン・アロノフスキー
- 製作/エリック・ワトソン
- 脚本/ダーレン・アロモフスキー
- 撮影/マシュー・リバティック
- 音楽/クリント・マンセル
- 美術/マシュー・マラッフィー
- 編集/オレン・サーチ
- ショーン・ガレット
- マーク・マーゴリス
- ベン・シェンクマン
- パメラ・ハート
- サミア・ショアイブ
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