アパルトヘイトを巧みに暗喩する、SFエンターテインメント・ムービー
僕が敬愛する映画作家、森達也氏のドキュメンタリー作品『A』(1998年)が秀逸だったのは、地下鉄サリン事件を巻き起こしたオウム真理教に対して、日本国民の憎悪&偏見が一極集中していたまっただ中、あえて「オウム真理教内部から見た外部」を提示してみせたことにある。
無邪気な正義感をふりかざして、オウムを批判してきた我々一般ピーポーが、『A』では徹底的差別を貫く「見えざる敵」として登場する。
常識と非常識が逆転する、この反転感覚!差別問題を体感させるにあたって、これ以上の戦略はないんではないか。
『9地区』の基本構造も『A』と同趣。南アフリカ・ヨハネスブルグに宇宙船が不時着し、難民状態のエビ型エイリアンたちが「第9地区」と呼ばれる宇宙人専用地区に隔離される、という筋立て自体アパルトヘイトの暗喩。
それを観る者に体感させるにあたって、製作者側は「差別する者」と「差別される者」の視点を巧みに切り替えてみせるのだ。
しかし、そんなことはどーでも良ろしい。監督のニール・ブロムカンプも「これは政治的な映画ではない」と言明している通り、まずは小難しいことを考えずとも楽しめる“SFエンターテインメント・ムービー”なのだ。長編初監督でこんな傑作を上梓してしまうとは、ニール・ブロムカンプおそるべし!
ジャパニメーションに影響を受けたことが丸わかりの、オタク的SFガジェットも楽しいが、個人的に感銘を受けたのがその語り口。
『クローバーフィールド/HAKAISHA』(2008年)に代表される疑似ドキュメンタリーと思いきや、中盤以降は主人公に寄り添った三人称ドラマに切り替えてみせる。
しかもその主人公が、エイリアン特別対策プロジェクトのリーダーに突然任命された、典型的小役人。このボンクラ男が己の身体の変容と共にヒーローへと内面的にも変化を遂げ、最後には我々観客を感動の渦に叩き込むのだ。
もともとは、ピーター・ジャクソンがシューティング・ゲーム『HALO』を映画化するにあたって、ニール・ブロムカンプを監督に抜擢したのがキッカケだったらしい。
結局この企画が流れてしまったのだが、ブロムカンプの短編映画『アライブ・イン・ヨハネスブルグ』をハリウッド・メジャーでリメイクすることに方向転換し、この傑作が産まれ落ちたんである。さすがピーター・ジャクソン、その審美眼に外れなし!
ちなみにこの映画、うら若き素敵ガールと一緒に観に行ったんですが、グロ描写多めで決してデート・ムービーには適さず。
ドス黒い血が画面いっぱいにブチまかれたり、顔面が破裂したり腕がちぎれ飛ぶグロ描写は、クローネンバーグの『ザ・フライ』(1986年)をも軽く凌駕するので、要注意なり。
- 原題/District 9
- 製作年/2009年
- 製作国/アメリカ
- 上映時間/ 111分
- 監督/ニール・ブロムカンプ
- 製作総指揮/ケン・カミンズ、ビル・ブロック
- 製作/ピーター・ジャクソン、キャロリン・カニンガム
- 脚本/ニール・ブロムカンプ、テリー・タッチェル
- 音楽/クリントン・ショーター
- 撮影/トレント・オパロッチ
- 編集/ジュリアン・クラーク
- 音楽/クリントン・ショーター
- 衣装/ディアナ・シリアーズ
- シャールト・コプリー
- デヴィッド・ジェームズ
- ジェイソン・コープ
- ヴァネッサ・ハイウッド
- ナタリー・ボルト
- シルヴァン・ストライク
- ジョン・サムナー
- ウィリアム・アレン・ヤング
- グレッグ・メルヴィル=スミス
- ニック・ブレイク
- ケネス・ンコースィ
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