『容疑者Xの献身』(2008)知と情が交錯する献身のサスペンス

『容疑者Xの献身』(2008)
映画考察・解説・レビュー

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『容疑者Xの献身』(2008年)は、東野圭吾のベストセラーを原作に、西谷弘が緻密な映像演出で描いた心理サスペンス。隣人親子を守るため殺人事件の隠蔽に手を貸した天才数学者・石神と、その異常なまでの献身に違和感を抱く物理学者・湯川が、静かな探り合いの中でかつての友情と信念をぶつけ合っていく。巧妙に組み立てられたアリバイ、孤独な愛情の行方、そして“正しさ”をめぐる二人の葛藤が重なり合い、事件が思わぬ形で緊張の頂点へと向かっていく。

原作の評価と先入観

東野圭吾の『容疑者Xの献身』は、直木賞や本格ミステリ大賞をはじめ、あらゆるミステリーランキングを総なめにした傑作小説。東野作品の中でも群を抜いて評価が高く、国内外でベストセラーとなった。

もちろん僕も一読していたが、その映像化――つまり福山雅治主演の『ガリレオ』シリーズの延長としての映画版――には、正直なところ懐疑的だった。

容疑者Xの献身 (文春文庫)
『容疑者Xの献身』(東野圭吾)

なぜなら、ドラマ版の湯川学は「それは面白い(キリッ)」という決め台詞と、数式が空中を飛び交うCG演出が、やや通俗的な娯楽へと傾いているように思えたからだ(あくまで予告編だけの印象ですが)。

僕自身、予告編の段階で「コント的なキャラ芝居」に見えてしまい、どうにもこうにも食指が動かなかったのである。という訳で華麗なるスルーを決め込んでいた。

しかし、ある日ポテチをつまみつつTVをダラ見していたら、『容疑者Xの献身』が放送されていたので何気なく眺めていると、思いもよらずスクリーンに引き込まれてしまった。

告白してしまうと、多少の瑕疵はあるものの、この映画版は意外なほど力作だったのだ。ドラマ版のチャラけた演出はほぼ姿を消し、驚くほど丁寧で精密な語り口に変貌していた。

西谷弘の演出と映像美

監督を務めたのは、ドラマ版と同じ西谷弘。『白い巨塔』や『エンジン』など、人気ドラマを数多く手掛けてきたヒットメーカーであり、映画は『県庁の星』(2006年)に続く2作目となる。

TVドラマから映画に転じた監督が、ダイナミックな演出を求めてクレーン撮影を乱発するのはありがちなことだが、本作も例に漏れず序盤から大きなカメラワークを導入している。

曇天の下、川の土手を警察が検死するシーンを真上から捉える映像は、オーソドックスでありながらも流麗で、思わず息を呑む。テレビ的な「説明」よりも、映画的な「描写」を優先する姿勢が伝わってくる。こうした演出の精度こそが、映画版を「TVの延長」ではなく「独立した作品」へと押し上げている。

石神を演じる堤真一が、ホームレスが住む川沿いの道を倦怠感に満ちた表情で横切るシーンも、何気ないようでいて物語全体の伏線となり、彼の孤独と執着を雄弁に語っている。

ひとつひとつのシークエンスが非常に丁寧で、細やかに設計されているのだ。

フジ映画としての異色性

フジテレビ系列映画、特に亀山千広プロデュース作品といえば、派手なキャスティングと通俗的な娯楽性が先行し、どこか大味な印象を残すものが多い。

しかし『容疑者Xの献身』はその系譜にあって珍しく、骨格のしっかりした映画に仕上がっている。原作の本質である「献身の哀しみ」を崩さずに映像化した点は、明らかにフジ映画の中で異彩を放っている。そこに“映画としての品格”を感じ取れるのだ。

さらに特筆すべきは、その影響力の広がり。2012年には韓国で『容疑者X 天才数学者のアリバイ』が製作され、2017年には中国で『嫌疑人X的献身』がリメイクされた(日本未公開)。いずれも原作の核となる「愛と自己犠牲」をベースにしつつ、各国の社会性や文化的文脈を反映させており、この物語がアジア全域で共鳴したことを示している。

つまり『容疑者Xの献身』は、国内ベストセラー小説の単なる映像化にとどまらず、アジアの映画界に波紋を広げた作品でもあるのだ。

福山雅治の湯川像に違和感を覚える人もいるだろうし、柴咲コウの存在感の薄さや冗長なシーンも否めない。しかし、それらを差し引いても、堤真一の圧巻の演技、西谷弘の確信に満ちた演出、そして映画全体がまとった“品格”によって、『容疑者Xの献身』はTV発の映画化作品にありがちな軽さを超えた、力強いサスペンス映画として成立している。

偶然の視聴から始まった体験だったが、気がつけば僕はスクリーンに釘付けになっていた。やはり名作と呼ばれる原作には、それを引き出すだけの映画的ポテンシャルが潜んでいるのだろう。

DATA
  • 製作年/2008年
  • 製作国/日本
  • 上映時間/128分
  • ジャンル/ミステリー
STAFF
  • 監督/西谷弘
  • 脚本/福田靖
  • 製作/亀山千広
  • 製作総指揮/清水賢治、畠中達郎、細野義朗
  • 撮影/山本英夫
  • 音楽/福山雅治、菅野祐悟
  • 編集/山本正明
  • 美術/部谷京子
  • 録音/藤丸和徳
  • 照明/小野晃
CAST
  • 福山雅治
  • 柴咲コウ
  • 北村一輝
  • 渡辺いっけい
  • 品川祐
  • 真矢みき
  • ダンカン
  • 長塚圭史
  • 松雪泰子
  • 堤真一
FILMOGRAPHY