『Beat Tape 1』(2014)
アルバム考察・解説・レビュー
『Beat Tape 1』(2014年)は、サウスロンドン出身の若き天才トム・ミッシュ(Tom Misch)が19歳の時に自室のベッドルームからセルフリリースしたビート集。J・ディラのヨレたヒップホップ・ビートと、ジョン・メイヤーを彷彿とさせるブルージーで流麗なギタープレイが奇跡的な融合を果たし、SoundCloud世代の夜明けを決定づけた。後の大名盤『What Kinda Music』へと繋がる天才の原点であり、極上のレイドバック感でリスナーを包み込む本作は、日常を彩る最高のお散歩BGMとして今なお熱狂的に愛され続けている。
ベッドルームから世界を揺るがした19歳の青写真
僕がトム・ミッシュの存在に打ちのめされたのは、ユセフ・デイズと共作した圧倒的名盤『What Kinda Music』(2020年)だった。
そこから遡るようにディスコグラフィーを追いかけ、原点ともえる『Beat Tape 1』(2014年)に辿り着いた時、僕は思わず戦慄した。なんとこの男、19歳の時点ですでに完全なる天才として完成されていたのだ。以来、本作は僕の日常における「お散歩BGM」として、絶対に外せない揺るぎない地位を築き上げているのである。
イギリスはサウスロンドン出身の若き才能、トム・ミッシュが世に放ったこのアルバムは、当時まだ音楽学生だった彼が、実家の自室でひたすらにビートを打ち込み、SoundCloudにアップロードし続けていた初期衝動の結晶だ。
2010年代半ば、世界の音楽地図をひっくり返した震源地は、巨大なレコーディング・スタジオではなく、才能あふれる若者たちの薄暗いベッドルームだったのだ。
当時は、レコード会社を通さず、完成したビートをその日のうちに世界へダイレクトに発信できる革命的な時代。ケイトラナダやFKJといった気鋭のプロデューサーたちがネット上でしのぎを削る中、突突如として現れた彼のサウンドは異質にして圧倒的。
サンプリング主体で構築される無骨なヒップホップの文脈に、生楽器の、それも極めて高度なジャズやブルースのフィーリングを持ったギターを平然とぶち込んできた。それは「ビートメイカー」と「ミュージシャン」の境界線が完全に崩壊した歴史的瞬間でもあった。
商業的な野心など微塵も感じさせない。ただ純粋に「自分が聴きたい最高に心地よい音」を追求した結果として産み落とされたこのビート集は、またたく間に口コミで拡散されていく。バズるためのギミックなど必要ない。
情報過多で消費スピードが加速し続けていた2010年代のタイムラインにおいて、彼の鳴らすレイドバックしたグルーヴは、リスナーが深呼吸するためのオアシスとして機能したのである。
J・ディラとジョン・メイヤーが交差する奇跡の特異点
デトロイトが生んだ伝説のビートメイカー、J・ディラ。そして現代の三大ギタリストと称されるシンガーソングライター、ジョン・メイヤー。トム・ミッシュはこの全く異なる二つの宇宙を、自らのベッドルームでいとも簡単に衝突させ、融合させてしまった。
ヒップホップの歴史を変えたJ・ディラの「ヨレた」ドラムのグルーヴに、ジョン・メイヤー譲りの色気たっぷりのペンタトニックスケールが絡み合う。この発明こそが、彼最大の武器なのだ。
その実験の成果が最もストレートに表れているのが、文字通りレジェンドへの敬意を込めたトラック「Dilla Love」だろう。スピーカーの向こう側でホコリを被ったレコードが回っているかのような、ザラついたサンプリング・ループ。
そこに、生々しいギターのカッティングが魔法のように滑り込んでくる瞬間の高揚感たるや!これこそが後にチルホップやLo-Fiヒップホップとして世界を席巻するサウンドの、最も純度が高く美しい雛形ではないか。
専門的な音楽理論を背景に持ちながらも、決して頭でっかちにならず、首を振れるヒップホップとしての強度を保ち続けているバランス感覚がサイコーだ。
さらに、アルバムのハイライトと言える「Summer」。温もりあふれるオーガニックなビートと、クリーントーンのカッティングギターが気持ちいい。
この楽曲は、何度聴いても極上のチルへと誘ってくれる。緻密にプログラミングされたビートの反復と、指先から放たれる体温を帯びた生演奏の熱情。この二つが奇跡的なバランスで同居しているからこそ、彼のサウンドは聴く者の心を強く揺さぶるのだろう。
完成された未完成!初期衝動が放つ永遠のグルーヴ
後の大名盤『Geography』(2018年)や『What Kinda Music』(2020年)で世界的ポップ・スターへの階段を駆け上がっていくトム・ミッシュだが、この『Beat Tape 1』には、後年の洗練された作品群にはない、ザラついた初期衝動が間違いなく真空パックされている。
ボーカル曲を極力排し、あくまで「ビート」と「インストゥルメンタル」の可能性を探求し続けたこの荒削りな実験場こそが、彼の真のコアなのだ。
決して完璧に磨き上げられたスタジオ・アルバムではないけれど、その「未完成さ」の中にこそ、音楽を生み出す喜びに満ち溢れた青年の息遣いがリアルに響いている。
その類まれなる才能が遺憾なく発揮されているのが、ミシェル・ルグランの名曲を極上のチルホップへと昇華させた「Windmills Of Your Mind」。誰もが知るクラシックなメロディが、トムの手にかかれば一瞬にしてサウスロンドンの曇り空とシームレスに繋がってしまう。
ジャズや映画音楽といった豊潤なルーツへの深いリスペクトを抱きながら、それを現代のビート・ミュージックの文脈で軽やかに再構築してしまう圧倒的センス!
この楽曲が放つノスタルジックでありながらもフューチャリスティックな空気感は、本作の中でしか絶対に味わえない極上の劇薬である。
リリースから10年以上の歳月が経ち、音楽のトレンドは目まぐるしく変化した。しかし、彼がこのベッドルームで鳴らしたビートは、一切の色褪せを見せることなく、今なお世界中のプレイリストの中で輝きを放ち続けている。
- 1. The Real Thing
- 2. In A Special Way
- 3. Summer
- 4. Take Me Back
- 5. Keep Moving
- 6. Lush Lyfe
- 7. Epiphany
- 8. Dilla Love
- 9. Cruisin'
- 10. Deeper
- 11. Windmills Of Your Mind
- 12. Climbing
- 13. Marrakech
- 14. Euphoric
- 15. Can't Explain It
- 16. Maguel Chops
- 17. Wind (Jazzy Joint)
- 18. Wonder
- 19. You Got Me Flying
- Beat Tape 1(2014年/自主制作)
![Beat Tape 1/トム・ミッシュ[CD]](https://popmaster.jp/wp-content/uploads/81HT8NOck5L._AC_UL640_FMwebp_QL65_-e1770769018263.webp)
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